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経済の研究No.11
持合株式解消のすすめ

 持合株式は最近頻繁に耳にするようになった言葉です。取引関係にある企業間で相互に株式を持ち合っている株式を言います。取引先がお互いに株式を持ち合うことで資本上の関係を強化し、信頼関係を確立する狙いがありました。しかし、一方が他方に出資する場合に比べて、互いに遊び資金を生み出すことになり、資産運用効率などの経営効率を悪化させること、相互に配分する株式配当は利息収入として課税対象となるなど無駄が多いこと、などのデメリットがあります。
 ところが、発行済み株式数に対する持合株式数の占める割合である持合比率は高く、上場企業の持合比率は1996年時点で36.5%(証券系シンクタンク調べ)に上っています。意外かも知れませんが、これまではメリットの方が大きかったからこそ、株式の持合が進んだのです。

 第一のメリットは、安定株主の増加です。取引先同士で大株主となれば、他の小口投資家を意識することなく、安定した経営を行うことができます。シテ筋などによる株式買い占めを予防することができます。また安定株主が過半数であれば、企業の経営権乗っ取りも防止することが可能です。
 第二のメリットは、資金融通の相互利便性です。取引先の株式を持っている場合、その会社の倒産は取引先を失うだけでなく、株式も紙切れになるため、事実上の一蓮托生の関係です。取引先が経営難に陥れば、第三者割当増資の引き受けや一部債権の放棄などの支援をすることが可能です。株主総会の決議が必要な議案であっても、お互いに大株主であるから問題は生じません。ただし、株主代表訴訟の資格要件が緩和されたため、横領や背任となるような馴れ合い工作は難しくなっています。
 第三のメリットは、含み資産の増加です。例えば上場前に引き受けた株式は一般に簿価が低いため、相手先企業が上場すれば時価評価が膨らむことは確実です。売却しない限り利益の計上はありませんから見掛上の意味合いは薄いですが、銀行への差し入れ担保としての価値は大きいです。実態以上に膨らむ担保のお陰で多額の資金借入が可能で、高度成長期においては重要な役割を果たしました。しかし昨今の株価低迷で含み資産が消滅し、金融機関から追加担保や早期返済を迫られる例が増えています。リスクを避けようとする金融機関の身勝手ですが、本業は健全でも資金ショートを招く原因ともなっています。
 第四のメリットは、株価の高値水準維持です。株価は業績を反映していると云いますが、同程度の業績であっても人気の高い企業は高い株価水準を維持しやすいのです。人気の高さというバロメータは難しいですが、知名度の高い企業、一般市民に馴染みの深い企業は人気が高いといえます。しかしそれ以前に、株式の需給関係に最も意味があります。市場流通量の少ない株式は、多い株式よりも品薄であるから人気が高いことと同様の効果があります。株価が高値の水準にあることは、その担保価値が高いことのほかに、第三者割当増資の実施や株式転換社債の発行においてもメリットがあります。この点は別の機会に解説したいと思います。株価が高いことは企業の信用の高さを示し、社員のモラールを高める副次的効果もあります。

 ところが、現在は株式を持ち合うメリットが薄れてきている上に、借入金額(有利子負債)が経営指標の一つとなり始めたことから、資産圧縮のための持合株式の売却を始めています。これまでは持合株式の売却は、取引関係の解消を意味し、相互株式の乱売合戦などを招く要因ともなりましたが、昨今ではお互い申し合わせて処分に踏み切る場合も多いようです。企業同士に強い結びつき意識さえあれば、リスクを負ってまで株式を持ち合うことも無くなっています。またこれまで簿価を基準に資産評価をしていたので問題はありませんでしたが、今後国際会計基準を導入して時価評価を採用する場合、持合株式の評価変動で利益が吹き飛んだり、多額の法人税を払わされたりするリスクも負うことになります。
 以上のような理由で持合株式の解消が進んでいますが、問題は他にもあります。相互に株式市場で持合株式を売却することは需給関係を急速に悪化させることになり、株価の大幅低下を招く恐れがあること、大株主が売却に動いた場合、他の大株主も売却に走らざるを得ず乱売合戦を招く恐れがあること、企業の信用力が低下して普通社債などの直接金融も難しくなること、差益が出た場合は課税額が膨らむこと、などの問題があります。

 理想的には相互に株式を渡し合って自社株消却を図ることがベストの選択なのですが、自社株の消却には制約が多いこと、がネックとなっています。せいぜい新しい填め込み先を見つけることが重要ですが、これも現状では引受先が見つからないだろうと思います。

98.02.27

補足1
 経団連は1998年8月になって、ついに持合株交換制の導入を提言し始めました。もうすっかり持合株式の放出が進んでいる今頃の提言ですが、「株式公開企業に限って、相互に5年以上保有している株式を市場に通さず相対で取得し、消却できる」(日本経済新聞朝刊8月6日の記事)ように具体的要件を添えて自民党に要請した点が評価できます。5年という基準や株式公開企業ならどこでもという基準は適正でないような気もしますが議論のたたき台としてはまずまずだと思います。経団連の提言が本文の提言にやっと追いついてきました。

補足2
 持合株式の解消が進んでいます。とくに事業会社ベースでの解消が進んでおり、銀行保有分も順調に減少しているようです。とくに1998年度と1999年度の解消は著しく、金融機関と事業会社の持株比率(時価総額ベース)は、2000年3月末で10.5%です(ニッセイ基礎研究所調べ)。1990年台前半の17%強の水準から、随分と解消されてきました。
 とはいえ、持合株式の多くは市場売却によって行われたために、株式のタブ付きによる市況低迷を招きました。本来は補足1に紹介したように、持合株の交換による自己消却であるべきでしたが、体力の衰えがそれを赦しませんでした。近頃では、トヨタ自動車、任天堂など豊富な手元資金を持つ企業による自己株消却の大型案件が続いています。消却できない企業との格差は一層拡大する方向にあるようです。

01.04.22

補足3
 大規模な銀行再編の動きとも関係がありますが、旧財閥系グループにおけるグループ株の持合も解消する方向であるようです。1999年3月末におけるグループ上場企業同士の持合株比率は、三菱が12.7%(13.8%)、住友が10.4%(11.2%)、三井が7.4%(8.0%)と成っており、括弧内に示した1998年3月末の数字と比較すると、いずれも僅かながら減少しています。良い傾向ではないでしょうか。

01.04.22

補足4
#N度の持株解消の状況が公表されました。都市銀行と信託銀の売り切りによる持合解消は、売却金額ベースで2兆8,700億円(三井住友の下期含まず)であり、過去最高を更新したそうです。中でも、みずほの9,000億円が際立ち、UFJの6,300億円、あさひ銀の3,000億円、東京三菱(信託含む)の2,300億円などと成っています。三井住友上期のみで2,500億円と発表され、下期を合わせると相当額に上っていそうです。
#N9月期から時価会計が全面導入されるため、含み損を抱える持合株式を中心に売り切った模様です。良い傾向であると言えましょう。2001年4月期以降の株式相場は、まずまずの安定状態にあります。さらに順当な売り切りが進んでくれることを願います。今後は過剰に流動する株式をどうやって自社株購入・消却に繋げていくかですが、その体力はまだまだ期待できそうにありません。

01.05.04
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