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経済の研究No.21
一任勘定取引と手張り取引

 一任勘定取引とは、株式の売買の判断を証券会社の社員の判断に委ねる取引です。銘柄を指定しない取引は言うに及ばず、適当なタイミングや値段での売買判断を任せることも含まれます。また手張り取引とは、証券会社の社員が顧客の預かり資産を担保にして自己の取引を勝手に行うことを言います。社員の良心次第ですが、利益が出た場合は顧客に一定の利益配分を行います。いずれも証券取引法違反の取引であります。

 株式売買では誰しも利益を上げたいです。しかし相場が上がり続けるのでない限りは、誰かが損失を被らなければならないのです。しかし素人ほど株取引は必ず儲かるものと信じ、株式運用のプロである(と信じられているが、実際は結構素人集団な)証券会社の社員に運用を一任したがるものです。ところが、これを許すことは別顧客に大きな損失を与えることに成りかねません。例えば仕込んだ銘柄を売却したいとき、最高値より下値で売ると顧客はウルサイので、別顧客に買いを推奨して最高値で押しつける必要を生じるのです(もちろん相場観がしっかりしていれば市場で売り抜けられますが、余程の腕前がない限り難しいです。そんな腕前が持てれば一任勘定も不要なものです)。結果不透明な取引を重ねることになり、利益付け替え操作など一層悪質な違法取引を行うようになります。先頃自殺した某議員は一任勘定取引を強要した容疑でありました。

 他方、相場観があると信じる社員は、人の褌で自分の相撲を取ろうと考えます。一般顧客は一日中銘柄ボードを見続けませんから、短期的な大相場には対応できません。一方で社員は一日中ボードを見ていますし、雑多な市場情報も入手できますので、短期的な値動きに追従できます。したがって、顧客資産を担保にし信用取引で大勝負を試みたい誘惑に駆られるのです。「勝てば官軍」の格言通りに、利益が上がれば運用資産の三倍まで利益が得られるので年収が一日で稼げたりします。しかし「負ければ賊軍」の格言通りに、損失も運用資産の三倍まで出るのです。しかも自分の手持ち資金では埋められない巨大な負債が出るのです。そのために、手仕舞い時期を誤り首が回らなくなったりします。得てして顧客のファンドを無断で解約したり、怪しいファンドをでっち上げて自分に出資させたりする社員が出るのであります。
 なぜ、そんな失敗が起きるのかと言えば、彼らが顧客よりも情報を握っていると過信していることに問題があります。確かに彼らの手元には膨大な情報がありますが、多くは単なる噂に過ぎず、しかも意図的に流布される風説であることも多いです。このため反対の相場を張ってしまうことが多いのです。顧客の資産に手を付ける輩は、視野が狭く、問題を自分で処理する能力がないのです。したがって発覚したときには上司でさえ処理できないほど問題が膨らんでしまいます。こうした取引を禁じてきましたが、現実には恒常的に行われているようです。

 一任勘定での損失は最終的に顧客が全てを被らねばなりませんが、顧客が負いきれなかった損失は証券会社が被ることになります。手張り取引の場合は損失は社員が負うべきですが、社員の退職金を使っても埋めることができない場合が多いです(該当社員が結構若かったり、外交社員であったりするためです)。その場合は外聞を憚って証券会社が支払うことになります。今では有価証券の保護預かり制度保管振替機構という組織が証券会社の枠組みを超えて預かる仕組みです。証券会社が倒産しても預かり証券は全額残ります)を採用していますので、手張りを行える余地は小さくなっています。しかし油断は禁物なのです。証券会社の社員達の年収は大きく落ち込んでいるのですから。

98.05.12
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