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経済の研究No.35
ROE重視の経営とは

 近頃の経営者のコメントを見ると、一番多いのが「ROE重視」という言葉です。ROEとは株主資本利益率(=当期利益株主資本)であります。別に目新しい基準ではなく、昔から知られている指標ですが、我が国ではROEが軽視されてきました。株価はこれまで右肩上がりで上昇を続けており、一株利益や配当額には関心が払われてこなかったのが理由です。ところが本来は、効率よく株主資本を運用して大きな利益を上げ、上がった利益を株主に還元するとともに、経営者もおこぼれに与るのが当たり前のはずです。それが内部留保を取り崩して配当する見返りに、儲かってもいないのに役員賞与を手にしようとする企業経営者がまだまだ多いのです。ROEはその点で経営者の成績評価の指標に使えることに、近頃誰もが気が付いたというわけです。手広く事業を行う割にはROEが低い企業の経営者は、絶対利益が大きかったとしても解任されることになります。逆にROEが高ければ企業の規模は問わないとも言い換えることができます。近頃の「本業回帰」という掛け声がそうです。

 なぜ日本企業はROEが低いのでしょうか? それは、運用されていない遊び金が多いからです。まず持合株の配当収入は銀行金利よりも低かったり、そもそも無配であったりします。持合であれば、相手先に自己株式の配当を払いますから実質的に無駄ですし、受け取る配当には税金が掛かる分だけ不利です。また利益を生み出さない遊休地や低稼働不動産のために固定資産税を支払っています。これまでは株主も見逃してきましたが、そこに含み益が潜んでいたからです。経営の失敗で損失が出ても埋め合わせることができ、配当を継続できるメリットがあり、安心の代償でもありました。ところがその含み益を不況で食いつぶし始めています。役員賞与欲しさに含み益のある資産を売却したり、簿価を洗い直したりして見掛け上の利益を計上し始めています。その一方で含み損を抱えた不良資産は放置されています。これではタコが自分の足で食いつなぐもので、いつ潰れるかも分かりません。経営者は必死で隠そうとするから余計に不安でもあります。
 これを回避するにはROEを高めるよう求めれば良いのです。ROEを見かけ上維持するのは簡単ですが、毎年向上させるとなると不良資産にメスを入れる抜本的な改革が必要になります。また一株利益に対して配当を低く抑えて内部留保を増やそうとすると一株株主資本が増加しROEが低下しますから、内部留保よりも配当金や自社株消却に積極的になるというおまけも得られます。遊休資産の効率的活用や売却、回転の悪い保養所等の売却なども進むことになります。株主はおかしな操作でROEを捻出していないかだけをチェックすれば済みます。

 これまでは経営者の成績評価の指標がありませんでした。このため社内に問題が生じても大過なく時を過ごすという経営者が多かったのです。ROEが上昇することは株主を重視することであるから株価も上昇します。そうなればストックオプション制度も活きてくるでしょう。今は動機付けもなくストックオプションを導入する傾向がありますが、もう少し経営者の意識改革に役立つようになると思います。株価連動型の役員報酬制度というのも良いかも知れませんね。
 現在は社内分社化(いわゆるカンパニー制)に取り組んでいる企業も増え始めています。そこでは各分社の評価が難しくなりますが、そこでもROE(正確に言えば株主資本はないので、総資本利益率ROAを使います)を指標に取り組むことで成果を上げ始めているようです。とりあえず数%は恥ずかしいので、10%以上へ向上させて欲しいものです。

98.07.27

補足1
 日経ビジネス6月29日号にはケー・アソシエイツ代表小林裕氏による「ROAとROE経営数値は万能ではない」というコメントが掲載されています。配当をコスト勘定として考え、自己資本比率も考慮した分析が必要であるそうです。また利益は資本が生むばかりでなく従業員の労働(汗)によって得られるのですから、全てを経営の評価指標とすることは必ずしも適切でない旨をコメントされています。

補足2
 資産売却などで特別利益を計上すると瞬間風速としてROEが非常に大きな値になります。1998年3月期の場合、西武鉄道の連結ROEは50を超えています。近頃は単独ROEでなく連結ROEで見る傾向にありますが、全国上場企業のうち連結株主資本が200億円を超える企業でROEが10%を超えたのは50数社に限られています。米国大手企業では20%を超えるのが一般的ですから、まだまだ実力不足です(日経新聞朝刊1998/07/15記事を参照)。

補足3
 週刊東洋経済8月18日・25日合併号には「最新版企業番付」という特集記事があります。そこには「最終赤字なのに役員賞与を行った会社(金融機関は除く)」、「配当よりも役員賞与の多い会社」、「役員賞与比率の高い会社」、「株主への配当が少ない会社」のランキングが出ています。経営者が株主の方向を向いているか、社員の方向を向いているか、自分たちの懐を厚くする方向を向いているかが、よく分かります。

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