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経済の研究No.64
ジャパン・スタンダード

 一体いつから・・・この国はダメになったのでしょうか。かつては効率経営を誇り、勤勉で優秀なジャパニーズ・ビジネスマンが持て囃されたはずでした。しかし今では、その効率経営が不効率だと指弾され、かつてのジャパニーズ・ビジネスマンはリストラされています。果たして今の日本的経営に対する評価は正しいのでしょうか。以下、日本企業に特有で海外企業では見掛けない経営手法をジャパン・スタンダード(以下、JS)と呼んで整理してみましょう。

 JSの筆頭は終身雇用制年功序列制です。海外企業が能力重視・実力主義であるのに対して、JSでは組織重視・年功主義を採用してきました。終身雇用という前提があるために人生設計が容易であり、わざわざ組織の秩序を乱さずとも年々地位と給与が引き上げられ、能力が劣る者も組織に救われて地位を保つことが可能でした。一見、非効率なシステムですが、個の質を問わなくても組織が機能するようなバランス良いシステムでした。個人の能力に頼らなくてはならない海外企業よりも、器としての組織で収益の上げられる効率的なシステムであったと考えています。また若輩者は安月給で馬車馬のごとく扱われますが、将来的にはその苦労と経験が将来を補償する原資となりましたので、同期で無用な争いを冒す必要もなく、じっくり職務に専念できるシステムだったのです。
 次に銀行依存・間接金融制です。資金の大半を直接金融で調達する海外企業は、厳しい海外投資家の目に曝されるために情報開示を進めるとともに、常に余裕のない上昇志向の経営を続けなくてはいけません。このため業績が不安定になれば、即刻リストラや事業縮小に追い込まれ、場合によっては淘汰されます。JSでは終身雇用制を維持しなくてはいけませんから、あまり不安定な資金調達手段では困るわけです。安定して資金融通をしてくれる銀行への依存を強め、間接金融の比率を高めることは当然に必要なことでした。また、息の長い新事業育成や体力以上の新プロジェクトの実現も可能成らしめました。情報開示が不十分でも資金調達ができることは、余裕のある企業運営が可能であったとも言えるでしょう。
 そして株主地位軽視・含み益経営です。JSでは株主地位は低いままです。その株主の過半は、関係金融機関や系列・関係会社、あるいはオーナー経営者で占められてきました。彼らは一定の配当さえ保証すれば、それ以上経営に口を挟む必要がありませんでした。一般株主でさえ、配当が継続して株価の上昇が続くなら積極的に発言を求めませんでした。株式持合という日本特有のシステムも、株式簿価さえ安ければ効率の良い利回りが保証され、時価と簿価とのギャップが含み資産として新規事業への原資、安定配当保証の原資と成りました。国際会計基準では有価証券評価に時価法を採用するため、好況期には本業増益と有価証券評価益のダブル効果で高リターンが得られますが、不況期には本業減益と有価証券評価損のダブル効果で高リスクを生じます。JSの含み益経営では企業の存立が急に危ぶまれる心配はありません。一過性の不況に強い粘りある経営が可能でありました。

 こんなJSが異常を来したのはバブルのためでしょうか。日本のバブルは世界でも珍しい不動産バブルに始まりました。土地転がしや地上げという経営の世界では邪道に属する領域で莫大な利益が得られ、その利益が株式市場や海外市場へと流れだし、古今未曾有の繁栄を生みだしました。この時代、JSのメリットは全てデメリットに転じました
 年功序列制は経営音痴なトップを頂く危険がありましたが、やはり彼らはバブルに踊り、本業そっちのけの財テクに走りました。しかも実力でなく年功で形成される権力ピラミッドでは、誰もトップの暴走を止められませんでした。終身雇用制で従順な社員が育成されたことも、個々人が危機意識を持つことを妨げました。結局は企業上げての大暴走を許しました。
 銀行依存は体力以上の資金を供与してくれるために、無原則な多角化経営や財テクに歯止めを掛ける働きをしませんでした。しかも銀行本体がノンバンク向け、不動産向けの融資を膨張させてバブルを煽っていたのですから、ブレーキとなるはずがありません。情報開示の遅れが、財テク危機の発見を遅らせることに成りました。
 株主地位軽視は経営実態に対する株主の関心を働かせませんでした。いかに本業外の財テクにのめり込んでいるかを知り警告できるのは株主だけですが、株式分割や増配、株価上昇で報われた株主が積極的な動きを見せることはありませんでした。不動産や株式から生じた含み益は日を追って膨れ上がり、その含み益を担保に資金を調達して一層の財テク投資が行われました。余剰資金による財テク運用損であれば含み益で相殺できたはずですが、含み益まで財テクに投資して莫大な運用損を出したことが、せっかくの含み益を吹き飛ばしてしまい負の遺産となりました。

 結局はバブルが崩壊しましたが、それでも1997年初頭までは問題が顕在化しませんでした。JSが損失を覆い隠し、再び訪れるバブルを夢見てきました。ところがゼネコンや金融機関の破綻が相次ぎ、外国人投資家による積極的な市場介入と売り崩し、突然にグローバル・スタンダード(以下、GS)の適用を迫る格付け機関の勝手格付けなどがJSの否定をしました。それまでJSが正義であった日本企業に衝撃が走ったのは事実で、意識改革が行き渡らないうちに株式市況と不動産市況が悪化しました。さらに米国政府に迫られた日本政府がJS否定・GS採用を打ち出したことがトドメを刺しました。今の株価が下がり地価が下がり消費意欲が下がった結果、企業業績が下がり株価が下がり地価が下がる・・・というのは、JSの急激な否定と、反動としてのGSの絶対的信仰が原因ではないかと考えています。
 かつてJSが国際社会で否定されたことがありました。銀行に対するBIS規制第65回を参照)の取り決めです。この規制がなかったら、JSが海外へ輸出されてバブルがバブルでなくなり、JSがGSに対してコールド勝ちを収めた可能性があります。日本の金融機関の蛮勇を封じ込めるために、欧米が一致協力して設けたBIS規制が、国際不況に際して大きな不合理を顕在化させました。最近になって、海外金融機関もBIS規制が一層の国際経済悪化に繋がると判断したようで、規制方法を大きく見直すのだそうです。個人的には、やはりJSの方がGSよりも経済発展には有効であったのではないかと思います。

 何度も繰り返しで申し訳ありませんが、現在の日本経済危機は無節操な金融機関と、無能な政府にあると考えています。今自己資本比率のBIS規制クリアを目指して260兆円の貸出を250兆円に圧縮すると発表した金融機関は、かつてバブルの担い手でした。彼らがバブルへの傾斜を控えていれば一般企業が財テクに傾斜をし本業堅調でも巻き返せないほどの負債を抱えることはなかったのです。
 米国の顔色を窺いながらGSへの転換を推進して経済をパニックに陥れた政府は、低金利政策でバブルを誘発させるとともにバブル拡大に何のブレーキも掛けませんでした。やっと掛けたときには、不動産融資への総量規制に金利の急激な引き上げという急ブレーキで、自らバブル経済の否定までして見せた政府の対応は全くのハードランディングでした。今の米国のように株式バブルであることを知りながらも、巧みな調整を行い少しでもソフトランディングへ誘導しようとしていることとは対称的です。
 JSが悪いわけではない、金融機関と政府が悪いのだと言いたいところです。いまの日本経済にGSを移植すれば著しい拒否反応が出て一層の混乱が起きるでしょう。金融界における規制緩和は必要でしょうが、見通しがないまま金融ビッグバンを導入することは極めて危険なことです。

 日本の金融システムを維持するためにはJSの堅持とGSの否定こそが必要なのではないでしょうか。

98.10.02

補足1
 株式持合は海外でも行われてはいます。あくまで業務提携などを前提にした水平関係の持合ですが、不効率であることは承知していますから、数%以下の形式的なものが多いと聞いています。また日本のように金融機関が融資先と株式を持ち合うことは禁止しています。そもそも融資先が自社の株式を持つということは、借金をしてまで持株を買わせることですから、一種の担保預金のようなもので、融資先にしてみれば自由になる金は少なくなって高い金利を払わされることになります。つまり極めて不合理なことなのです。グループ企業であれば一部やむを得ないかも知れませんが、これも純粋持株会社が認められれば、持株会社による保有に一本化されることが望ましいです。

補足2
 各格付け機関が交代で交互に大手行の格下げを繰り返しています。インパクトとしてはネガティブ見解、格下げ検討、格下げ発表の三段階あり、そのたびに銀行の株価が大下げし、さらに財務体質が悪化して再び格下げ、という悪循環を格付け機関が意図的に操作しています(本来は格下げさえなければ資金調達面での不利は免れるのですが、相次ぐ格下げで一層追い込まれています。そもそも長期債格付けや財務格付けがこんな短期に変更されること自身が、自己矛盾であることに格付け機関は気付いているのでしょうか)。
 格付け機関の求めていることは決して株価の引き下げでは無いのでしょうが、遅々としてGS導入が進まない金融機関に脅迫を加えていると見ることができます。彼らの格下げは一方的で借入金が多い、終身雇用制は望ましくない、とJSを採用する故に格下げするという暴論が多いのも事実です。この悪循環を断ち切る上でも政府主導でのGS否定JS推奨が必要なのではないかと思います。海外では長年を掛けてGSを構築してきましたが、我が国が短期間でGSを導入することには無理があると思うのです。

補足3
 読者のご指摘に対して言い訳をします。間接金融を賞賛するのは第44回拡がれ!直接金融」と矛盾するのではないか、とのご指摘をいただきました。間接金融は日本の高度成長を達成するためには不可欠なモノでした。低利に抑えられた規制金利の下で多額の資金を企業へつぎ込んでくるためには、企業選別が起きては拙かったのです。企業選別をすれば確実に国内企業は外国企業に太刀打ちできなかったはずですので。
 現在でも国際優良企業を除けば、まだまだ海外企業に見劣りしてしまいます。財閥系で歴史の古い企業であってもです。しかし間接金融で甘やかされたことで、企業の体質改善への努力を怠り財テクなどの火遊びをしてしまったことは残念です。当面は間接金融に甘やかされなくては国内企業の多くは生き残れないでしょうが、いずれは海外企業と太刀打ちできるほどに体質改善に取り組み、直接金融で安価な資金調達を行えるように変わらなくてはいけないと考えています。
 ただ前提として抜本的な改革が必要でありますが、格付け機関を意識する余りに無原則なリストラを断行することは避け、利益の出る事業を見極め得意分野を拡大するような前向きな事業再編に取り組んで欲しいです。それに必要な資金は莫大でしょうが、その資金は残念ながら間接金融に頼らざるを得ません。したがって当面は間接金融依存を維持して、将来的には間接金融主体へと変わって欲しいと思います。

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