前頁へ  ホームへ  次頁へ
経済の研究No.72
通貨 の はなし

 ここでは三回シリーズでインフレ問題を考えたいと思います。為替経済にはド素人なポン太ですが、まず通貨問題から考えてみましょう。

 昔の通貨は金貨や銀貨,銅貨の貨幣でありました。これらは鋳潰せば少なくとも同重量分の金属の価値があります(通貨価値が金属の価値で決まる通貨を正貨と言います)。したがって不純物の度合いさえ明らかなら外国でさえ通用しましたが、重量がありすぎて流通には不便でありました。そこで考え出されたのが紙幣です。
 紙幣は発行者の信用に基づいて、必ず一定量の正貨と交換することを約束したもので、兌換(だかん)紙幣と呼んでいます。対して発行者が金貨などと交換しないものを不兌換紙幣などと呼んでいます。今の日本銀行券は後者に属します。我が国で不兌換紙幣が発行されたのは、建武の新政に使われた楮幣、幕末に量産された藩札、明治初期の太政官札などが有名ですが、これらの多くは紙切れになりました。その理由は流通の不便さと発行者の信用の無さが原因でした。また現在紙幣の補助通貨として使われる貨幣も不兌換でありますし、これらは鋳潰しても価値は殆どありません。
 兌換保証を行うのは国家(あるいは国家の信認を受けた中央銀行)で、兌換紙幣を引き換えるための金貨や金地金を兌換準備と称して保有する義務を負います。このように国家が保有する金を担保として紙幣発行を行う体制を、金本位制と呼んでいます(広義には、金の流通価格と連動してあり、かつ全ての紙幣を償還する経済力が有れば良い、とする考え方も含まれます)。紙幣は金貨に比べてはるかに小さく軽く、広範囲かつ大規模な経済活動が容易になる利点があります。また国家が必ず金に替えてくれるため、紙幣の価値が低下することがありません。しかし紙幣の発行可能額は兌換準備高(金の保有残高)が上限です。国家が小さい政府を志向しているうちは良かったのですが、やがて公共事業や市場経済への介入を進めるようになり、その過大な通貨需要に対して、紙幣発行量にシーリングがあることが不便になりました。

 そこで国家は、広く国家の信用を担保として紙幣を発行することになりました。金の自由市場を創設し、市場で金と紙幣の交換ができることを国家が保証すれば、国家が金を保有する必要はないと考えたのです。これが金本位制からの脱却です。さらに、国家が安定している限り兌換を求められない金を保有することは、金庫に眠らせておくだけなので無駄です。先進国が相次いで金本位制を放棄して保有金を放出したために、世界的に金がだぶついて金相場が大きく下落しました。このため金本位制を護持した国家は経済的に大きなダメージを受けました(日本がそうです)。
 金本位制からの脱却は、国家行政に大きな幅を持たせることになりました。国家が自己の信用によって紙幣を発行することができるため、その紙幣を使って経済のテコ入れに成功すれば、空手形も本物の手形に変えることができます。そのため行政は積極的に先行投資を行うことが可能になり、とくに日本においては公共事業を牽引力とする戦後復興と高度成長に成功を見ました。しかし当然ながら空手形が空手形に終わってしまうことがあります。その場合は国家の信用は地に落ち、紙幣は紙切れになります。そう成らないとしても、国家の信用力に不信が宿ると、紙幣の流通能力は大きく低下し、その価値は低下します。誰しも無価値になるかも知れないものを使うわけには行かないのです。

 各国家の通貨の実力は通貨市場で取り引きされる為替レートによって知ることができます。円高とは諸外国と日本を比較したときに、日本の方が信用が上昇している状態です。円安は反対に、日本の信用が低下している状態です。為替レートは相対的なものですから一概には言えませんが、どの国家の通貨に対しても円安の傾向を示しているとすれば、それは日本の信用力が下がっていると言うことです。
 為替レートはどういう基準で決まるでしょうか。私は専門外なのでご説明できませんが、一般的には対外資産や外貨準備が多ければ信用は高く、輸入よりも輸出の方が多ければ内部蓄積が増えるので同じく信用が高いと思います。また最近では対内投資残高や政府の信用力(政権安定性や国債発行残高など)も材料に成っているようです。しかし基本的には、通貨の需要と供給のバランスです。その通貨を欲しがる者が多ければ高く、売りたがる者が多ければ安くなります。最近ではヘッジファンドなど市場投機筋の思惑も影響を与えています。
 国家への信用力が強まりますと、国家の信用力がない他国の国民までが自国の通貨を使うようになります。ドルは世界最強の国家アメリカの信用を背景として国際通貨の地位を獲得しています。国際通貨としてのメリットは、自国産業にとってドル決済を取りやすく為替変動リスクが無くせること、通貨需要を押し上げて通貨価値を高めること、があります。とくに通貨需要が大きいということはそれと同額だけ紙幣を発行できるということであり、国家としては信用力を落とすことなく、新たな空手形が切れるということであります。つまり世界を相手に借金ができるのです。

 以上を整理しますと、紙幣あるいは通貨の価値は、それを発行する国家の信用と、それの需給バランスと、市場投機筋の思惑とによって決まっていると考えられます。通貨の価値が低くなれば、相対的に物価は上昇してインフレになります。通貨の価値が高くなれば、相対的に物価は下降してデフレになります。しかし近頃はその通りの現象が現れていないのです。次回以降で考えてみましょう。

98.11.12

補足1
 日本では円通貨の国際化が議論されています。現在のところ国際決済において円通貨が使われる割合は7%以下だと言われています。決して低い水準ではありませんが、主に対アジア貿易に限定されており、まだまだドルほどの旨味はありません。円通貨を積極的に売り込んで、円を国際通貨にしたい、というのが近頃の日本政府の野望であります。しかし国際通貨であるためには、安定していることが必要条件です。今の円にはそれだけの実力がありません。
 先頃EUの共通通貨としてユーロが発行されました。現在のところEUへの期待は大きく、信用力を強化するための諸政策も順調に推移しています。EUの実力が向上し国際的信用が高まると、ユーロが第二の国際通貨に成長する可能性があります。そうなればユーロはドルのシェアも食うでしょうが、円のシェアを食うことも間違いありません。対する日本は政府の信用力が大きく落ち込んで円安傾向を示しています。バブル後の不況ではアジア市場にも大きなダメージを与えたために、円の国際通貨への途は一層険しくなり始めています。

98.11.13

補足2
 唐突でしたが、2000円札を発行するという話が出てきています。この問題は政治色が強いので、政治の研究第100回二千円札に未来はあるのか」に書いてみました。よろしければ、ご参照下さい。

99.11.07

補足3
 ブラジルが核となり南米共通通貨が出現するそうです。ブラジル経済は世界第8位の規模であるそうで、米国が進めているドル通貨経済圏構想には反対しているとのことです。米国案はキューバを除く34カ国で自由貿易圏を創り出すと言うことですが、体のいい経済植民地化です。最終合意期限の2005年よりも先に南米共通通貨を生み出して、ドル・ユーロ・円と対決していく姿勢を示すのだそうですね。
 ブラジル・アルゼンチンほか総面積で南米の8割をカバーする経済圏メルスコルでの共通通貨という位置づけですが・・・先のブラジル経済危機があり、他の5カ国で軍事政権や準軍事政権の残る国もあり、通貨統合はEU以上に難しいかも知れません。

99.11.07

補足4
#Nは低迷の続いたユーロ市場でしたが、EU圏が東欧にまで勢力を拡げるため、いずれ世界最大の統一通貨に成長すると期待されます。統一通貨としての地位を確立するためには、まず安定した相場を形作ることが必須であり、世界市場で信認を受けることが前提です。またイギリスやデンマークの加盟を急ぎ、EUとしての共同歩調を取ることも急がれます。
 補足3のメルコスルも成立する見込みですが、エクアドルが米国ドルに切り換えるなど中南米では米国ドルへの信認が厚いようです。米国による通貨支配の圧力が高いことや、現状の南米ではインフレ懸念が依然として払拭できていないことも、メルコスルの課題です。こうした動きに触発されて、オーストラリアとニュージーランド、アラビア半島諸国、ASEAN諸国がそれぞれ通貨統合の方向性を示しています。
 日本円を使ってくれそうな国は見あたらず、このままでは巨大なローカル通貨になる危険もあります。また国債残高が膨らんでいることで円への信認は失われつつあり、急ピッチで対ドル円安に向かっているのも不気味です。

01.01.20

補足5
 エクアドルは、世界で初めて米国ドルを自国通貨としました。2000年1月に、経済低迷の打開策としてドル化宣言をして自国通貨スクレをドルに置き換え氏、2001年6月に完了したと発表しました。自国通貨の安定のために米国ドルを活用することが評価され、中米諸国でも導入が検討されているそうです。いよいよ世界通貨がドルに成っていくのでしょうか? 現状では、エルサルバドルとグアテマラが自国通貨と米国ドルの併用流通を認めているそうです。ただし、エクアドルのインフレ率は2000年でも40%と高率だったそうです。効果はこれからでしょう。
 こうした国際通貨の動きについて、マレーシアのマハティール首相が「単一の国際通貨」を提唱したそうです。「一国に帰属しない国際通貨」という表現を使ったようですが、詳細はよく分かりません。

01.06.16
前頁へ  ホームへ  次頁へ