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経済の研究No.98
ペ イ オ フ 談 義

 近頃話題になっているペイオフとは「預金元本の保証上限を1,000万円とするルール」のことを指します。古くからある制度ですが、これまで一度も発動されたことがありません。バブル真っ盛りの1991年、偽造預金証書の乱発で破綻した東洋信金で発動される可能性がありましたが、世間の混乱を怖れた金融当局の指導で、三和銀行による救済合併と成りました。あるいは乱脈経営で行き詰まった東京都内の2信組処理問題でも議論されましたが、発動は見送られました。当時ペイオフを発動していれば、今日の金融危機は訪れなかったかも知れないと、巷では言われています。

■ ペイオフは自己責任を促す
 預金者には金融機関を選択する権利(自由)があります。預金行為は自らの資産を他人に運用させて利益を得ようとする経済行為ですから、そこには自己責任が伴います。したがって、自ら選択した金融機関が破綻すれば預金者自身にも預金を放棄する義務を負います。企業が破綻して債務超過であった場合、無担保債権の債権者達には全額支払うことができません。このため、資産をすべて売却し債務関係を全て清算した上で、定率の配当金が支払われるのが一般的です。金融機関の場合、預金者も無担保債権の債権者と同様の立場にあります。そこで応分の負担を強いようと言うのがペイオフです。
 経済的弱者にも平等にペイオフを強いるのは酷だと考えられましたので、元本1,000万円未満の預金の場合は預金保険で支払いを保証するという弱者救済制度が付加されました。支払利息と元本1,000万円を超える部分は、破綻した金融機関に配当余力が有る場合のみ支払われ、無ければ全額切り捨てられます。したがって、ペイオフは預金者に自己責任を促すことになります。ただし、預金保険による上限保証制度のお陰で、一つの金融機関に1,000万円まで安心して預けることができます。

■ 上限保証制度は妥当か?
 しかし元本1,000万円以下の預金が全額保護されることは妥当でしょうか? 1億円の資産を有する小金持ちの場合、10行に分散して預金を預ければ全く心配をしなくて済みます。日本には数百の金融機関が存在する以上、分散預金さえすればリスク回避できるので、あまりにザルです。
 また、複数支店に複数口座が有る場合は全てを一本化(「名寄せ」といいます)しますが、普通・当座・定期預金など複数口座を利用しているのが現実で、機械化が進んだ現状でも完全な名寄せは望めません。また家族名義口座は当然に別口として扱われますし、住所や居所の届出が異なる場合も別口座扱いとなる可能性があります。サークル名や団体名などでも口座が開設できる以上は、わざと名寄せを面倒にする手法が使われないとも限りません。果たして弱者救済に役立っているのかどうか疑問が残ります。
 つぎにモラルハザードの問題があります。小口預金者の場合は全額保護されるため、積極的な情報開示をする必要がありません。預金者が関心を持たないことが理由ですが、関心を持つ者が少なくなれば監視の目が少なくなるため、情報開示も遅れてしまいます。金融機関が正直で正確な情報開示を進めて行かなくてはいけない状況で、それを積極的に押し進めさせる環境が整備されていません。また預金保険の原資は全金融機関が一律に負担してきた保険金です。いわば他人の金で救済して貰うにも関わらず、自分の親族や知人の大口預金は破綻前に解約させた某信組のインサイダー問題などもありました。健全行も不健全行も同率の保険料負担である現行システムは問題があります。
 読者の皆様からはご批判も多いことと思いますが、ポン太個人としては上限保証制度は不要であると考えております(必要であるとしても、個人口座では100万円ぐらいが妥当ではないかと思います。1,000万円という資金を自己判断や自己責任を伴わずに預けられるというのは、あまりに異常だと思うのです)。上限保証制度が撤廃されれば、預金者による金融機関の選別の目は厳しくなりますし、情報開示が遅れたり不十分である金融機関からは預金が逃げ出すことになります。その結果として破綻する金融機関の増加が懸念されますが、移行期間を設けて不良金融機関の救済・淘汰を進めていく必要があると思います。

■ 預金保険制度の改正が必要
#Nに始められた5年間の特例制度によって、一般保険料の引き上げと、5年間の特別保険料の徴収とが行われました。しかし一方で金融機関からの債務額および預金担保の提供額を控除できる規程が削除されました。個人の場合はあまり問題のない話ですが、法人の場合は、相対預金や拘束預金などが一般的で、預金は一方的に削られて債務だけ残るという問題があります。また法人の事業性資金であれば、緊急性の高い資金である可能性が高く、いずれ支払われるにしても今日明日に引き出せないのでは大変です。また法人口座では個人口座よりも動かす資金が多く、金融機関が破綻するタイミングによっては著しいダメージを受ける可能性があります。
 法人口座の場合は、政府系金融機関からとりあえず緊急融資を受けられるシステムを確立することも重要です。それから、言うまでもなく相対預金や拘束預金という不透明な商慣行を廃止することも明確にする必要があります。また、前項に述べたように上限保証制度を廃止するか上限を大幅に引き下げるかして、小口ばかりの優遇を回避すべきではないかと考えます。さらに、預金保険から拠出される保険支払金ですが、金融機関の規模に関係なく1口座1,000万円保証という制度を改め、総預金残高の定率額贈与など、積み立て保険金に見合う金額を一括贈与するようなシステムに改めてはどうか、と考えます(贈与分は均等に配当額に上乗せして支給します)。

■ ペイオフ導入のための環境整備を
 預金保険制度の改正のほか、ペイオフ実施のためのシステム造りを急ぐ必要があります。一つには金融機関の保有する債権や資産を一括りで預金保険機構が買い取れるように、時価法により誤魔化しのない金融資産評価を行う必要があります。日頃から資産総額をガラス張りにすることで、破綻時に機構から仮払いできる金額の目安をつけ、最終的な配当金額が決まる前に預金者に預金の一部を払い出せるようにするべきです。
 二つには信用組合の監督権限を地方自治体から国に一本化することです。信用組合で不正が相次ぐのは、監督権限を有する地方自治体に検査能力がないためで、自治体ごとに専門スタッフを揃えるよりも効率が向上するはずです。また、今後も同業種または異業種間の合併を、自治体の枠組みを越えて実現するためにも、一本化は必要であると考えます。また、日頃から仮名口座や幽霊口座をチェックし、名寄せを行うためにも、機械化推進とそれに必要な体力増強を支援することも必要です。
 三つには罰則規定を強化することです。インサイダー情報で破綻直前に預金を引き出した者、その情報を提供した者に対する罰則規定を設けるべきではないか(すでにあるかも知れないが・・・調査不足でごめんなさい)。また情報開示を積極的に開示させることと同時に、虚偽の記載を行った場合の経営陣に対する重罰の適用なども検討するべきではないでしょうか。

 以上思い付くままに書き連ねましたが、現状のままペイオフを適用するのは危険があると考えます。だからといってペイオフ凍結を続けても、金融機関の信用回復が遅れるだけですから、少しずつ環境整備を行って欲しいと思います。もちろんペイオフを適用しなくてはいけない破綻金融機関を出さないことは当然ですが・・・。

99.03.14

補足1
 「ペイオフ」という用語は、本来のゲーム理論の専門用語であったものが、経済用語として転用されたのだそうで、意味はよく分かりませんが「プレーヤーが自らプレーした結果により得られる結果」のことだそうです。「自分なりに戦略を立て、その戦略どおりに行動した結果、得られる戦果」とでもいうべきでしょうか。

99.03.14

補足2
 本文で抜け落ちた話を書きます。ペイオフ解禁の時期は、2001年3月です。したがって5年間の特別保険料は2000年度まで支払われることになります。中小金融機関から保険料の負担が大きく、減額か免除をして欲しいとの要請が出ていたようです。これは本末転倒のことで、保険料さえ負担であるなら、やはり統廃合されるか、淘汰されるかを選択するべきです。一般企業はそれだけのことを迫られており、零細企業は資金源を断たれて廃業に追い込まれています。
 金融審議会は3月19日、特別保険料率は据え置くことを発表しました。破綻金融機関への金銭贈与額が特別保険料を大幅に上回っている以上、料率を引き下げうる状況にないとのことです。政治的な巻き返しで制度が歪められないことに期待します。しかし金融機関は他人には厳しく、自分には甘いのですね。

99.03.14

補足3
 読者の方からのコメントを書きます。先の改正で預金担保の控除が除外されることとなったのは、すでに拘束性預金は禁止となり、有り得ないという前提の下で決まっているそうです。しかし現実には、山一證券の例を挙げるまでもなく、事実上の拘束性預金はあります。もっとも、かつてのように5割・3割などという高率はなくなったようですが、取引開始の段階では、まだまだ高率の預金を要求しているようです。無担保よりは安心できるとはいえ、実際の損失は同じなんですよね。与信能力の強化に頑張って欲しいと思います。

99.03.19

補足4
 エコノミスト3月16日号に安倍基雄代議士の提言が掲載されています。政治家さんがペイオフやBIS規制をどう見ているのか分かります。「BIS規制と早期是正措置が信用収縮を生んだ」という主張は事実ですが、だから早期是正を求めるべきでないとするのは頂けません。「引当金が貸し渋りを生む」という主張も事実ですが、引当金を取り払って融資に回せば銀行は潰れます。いくら貸し渋り是正といったところで、健全融資先が見つからないのだから仕方がありません。最期に「ペイオフの実施延期」を言っておられるが、これも根拠は今ひとつです。しかし全額保証の郵貯を保証しておいて・・・という主張は共感できます。郵貯は1,000万円上限の建前ですが、名寄せして1,000万円を超えていても全額支払われるはずですから。郵貯にもペイオフを導入するというのは郵貯改革になって良いかも知れません。

99.03.21

補足5
 二度目の破綻をしたみどり銀行の救済に1兆5,000億円の公的資金を注入し、阪神銀行と合併した上で「みなと銀行」として再スタートしました。合併の結果預金2兆3,000億円の銀行が登場しましたが、過半を公的資金によって埋め合わせるという異常な救済になりました。モラルハザードの欠如が著しいですが、既定の路線として批判の声も高くありません。
 またペイオフ凍結中の現状では、外貨預金や劣後ローンに至るまで救済の対象とされ、無差別な救済が今後の甘えを拡大する危険も大きくなっています。

99.04.01

補足5
 本文中で指摘した法人口座について、決済口座として活用される普通預金、当座預金に関してはペイオフの対象としない方向で大蔵省が検討を始めているそうです。預金停止や預金切り捨てで企業の連鎖倒産を回避するためです。定期預金は資金運用口座としてペイオフの対象にするそうですが、普通口座の中身は判別できないので、法人の普通口座は全額保護される見通しだそうです。結果的に個人の配当が減少してしまうことになりますから、どちらが良いのか分かりません。

99.07.18

補足6
 金融機関にとって預金はノドから手が出るほどに欲しいはずです。しかし、一顧客あたり1,000万円以内の受入という制限を設けている信用組合があります。他のコラムでも取り上げていますが、3%という異例の高利回りで自ら消費者金融に取り組むなどで業績を大幅に改善している長崎県民信用組合です。出典は週刊ダイヤモンド1998年4月1日号です。
 同信用組合では、ペイオフで元利保証される1,000万円を超えないようにすることで、もしものリスクから顧客を守ることを前提にしているわけです。一方で、預金金利のウチから預金保険の保険料を徴収して、自己責任を求めるなど異色の方法を採用しています。上記の3%の預金商品は、3%の普通預金金利から保険料0.06%を徴収しているそうです。
 金融機関の意識が変わってくれば、預金者もリスク管理への意識が変わってくるのかも知れません。本当は預金者から変わらないとダメだと感じていますが、一つのモデルケースとして是非成功して欲しいと感じています。

99.10.09

補足7
 議論百出したペイオフ談義ですが、結局年末のドタバタの中で、延長が決まりそうです。12月29日自自公はペイオフ解禁の凍結を「2002年3月まで一年間延長する」と発表し、政府も了承を与えたとのことです。
 ペイオフ解禁は、日本金融の公正健全化を目的としたもので、金融機関の自助努力を促したものでしたが、中小金融機関を中心に激しい抵抗を見せて、政治的に先遅らせることに成功しました。どうやら努力もせずに政治運動に明け暮れていたようです。ずいぶんと不明朗な出費も重ねたのでしょうね。
 当初は信組や信金のみの延長を提言しいましたが、都銀や地銀も含む全金融機関を対象にする線で落ち着いたとのことです。与党や政府は対外公約を何と考えているのでしょう。これで日本金融に対する不信感払拭は1年以上遅れます。当初は2000年4月から解禁だったのですよね。金融機関は事実上のペイオフ解禁の凍結を目指してさらなる政治攻勢を強めるものと見られます。

 宮澤大蔵大臣の談話。「理由ははっきりしているし、いつまでも伸ばすと言っているわけではない。(国際的な信認の低下は)有り得ない」とのことです。どういう根拠でこういう楽観論が出るのか、「日本政界一の経済通」のお考えは分かりません。

99.12.31
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