前頁へ  ホームへ  次頁へ
経済の研究No.152
続・ネットワークビジネス

 前回のつづきです。「口コミビジネス」について、もう少し書いてみたいと思います。口コミは、セールスで一番強力な武器です。自分では何もしなくても、巧く口コミ(ネットワーク)に情報を載せられれば、瞬く間に商品やサービスを広めることができます。如何にして口コミで伝えさせるか・・・そこが工夫の為所ですね。

■ 口コミの威力
 口コミで伝えられる情報は、伝達者が「被伝達者にとって、お得な情報である」と信じることが有効です。伝達者が信じていない情報は長持ちせず、広く伝搬させることができません。伝達者が強く信じ、被伝達者にも強く信じさせられてこそ、情報は早く広く正確に伝わるものです。
 また、それが「被伝達者のために成る有益なものだ」と信じることも必要です。自分にも有益だったから、相手にも有益なのだと信じることで、伝達するための熱意が違ってきます。しかし、ボランティアで発揮される熱意には限界があります。どうしても親しい人間関係に留まってしまい、早く広くという条件は満たしそうにありません。
 そこで、伝達者の伝達意欲を膨らませる工夫も必要です。やはり俗物的に報奨(見返り)でしょうか。モノ・カネ・情報というものを与えることで、より積極的に伝達してくれるようにし向けます。普通の商売でも、懸賞や景品、露骨に現金を謝礼として用意することがありますね。伝達者は謝礼を貰うために奔走し、被伝達者にも謝礼が貰えることをエサに、早く広く伝達することを求めます。
 伝搬速度に弾みがつき、複数からアプローチを受ける新しい被伝達者も、その気になるのが早くなります。いつしか噂話が実話になり、怪しい内容が確実な内容に変わります。どこかで話が事実と異なっても、それはさらに膨らんで、ますます勢いを加えていきます。口コミはセールスで一番に有効なのです。

■ 「切れない包丁」=「世の中に役立つ包丁」
 ある商品をセールスするには、販売員本人が商品の良さを強く信じることが欠かせません。信じさせる一番の近道は、自分で使わせることではないのです。ひたすら商品の説明を繰り返させることです。どんなにインチキな商品でも、繰り返し説明を続ける内に、自然に宣伝文句が出て、本当らしく説明できるようになります。その過程で、在りもしない聞きもしない宣伝を思い付き、そこに真実性を見つけてしまいます。
 例えば、「切れない包丁」があります。貴方は買うはずもない屑包丁ですが、これを売らなくては生計が立たないとします。口コミなら実演が必要です。切れる包丁だと偽って売ることはできません。そこで「切れすぎず安全」「子供さんにも使わせられる」なんて売り文句を考えます。「コツを憶えると便利な包丁」「正しい包丁の使い方がマスターできる」「切れ味がなかなか変わらない」「普通の1本分で2本も買える」なんてトークが湧き出てきます。
 繰り返し口上を述べているウチに、自分でも正しいような気がしてきます。「本当にこんな包丁があると便利だな」「ウチにも一本置いておこうかな」と信じ始めて、この「世の中に役立つ包丁」のセールスも上手になります。実演を繰り返すうちに、いつの間にか切れない包丁で切る技が身に付くこともあります。あるいは切った気になる切り方も憶えます。一層滑らかな実演になり、調子よく商品が売れていきます。いつしか本気で良い商品を売っているように錯覚するのです。

■ 三つのアップ
 口コミビジネスは、普通のサラリーマンやOLよりも「口コミビジネスは専業主婦に適している」と言われます。なぜなら、三つのアップが一番の励みになるのが、専業主婦だからです。
 第一に収入のアップです。日頃カネを使うしかない専業主婦が、自分でカネを稼ぐのは快感です。働けば働くほどカネになり、余暇を使うだけで稼げるセールスが楽しいのは、間違いありません。しかも相手のためにも成っている・・・はず。
 第二に成績のアップです。多くの相手を説得し、仲間に引き込み、会員と売上げ増大になると・・・つい嬉しくなります。日頃は成績を評価されることもないため、目に見えて成績が上がっていくと励みになります。成績向上が収入向上を生み、セールスの技も増え、楽しさが増します。しかも多くの人のために成っている・・・はず。
 第三に階級のアップです。成績と収入が上がれば、周囲の評価が上がります。周囲の評価が、表彰や資格に結びつき、階級が上がると一層元気が出ます。習い事で昇級し免状を貰うのが嬉しいのと同様で、それ以上に収入が大きくなるのがハッピーです。階級が上がれば人望も集まり、仲間からも頼りにされます。それが自信を拡大し、さらなる頑張りを生み、成績増・収入増に成ります。カネを稼いで大きな顔をする亭主を見返し、自立感が味わえます。
 三つのアップ。これが口コミセールスの原動力です。セールスマンやOLでも同様です。成績や階級が収入に直結しない職場であったり、自分の能力を正当に評価してくれない企業は辞めて、三つのアップを味わおうと張り切ります。

■ 「膝詰め談判」と「レター」
 相手を説得する近道は、膝詰め談判です。できれば1対1で、自分の魅力と信用と技能をフル動員して談判すれば、ほとんどの相手は落とせます。相手を逃げられない状態に追い込んで、膝詰め談判を仕掛けるのが前回に紹介したA社(仮名)の得意技です。日頃は縁が薄かった相手でも、ここまでされると引き込まれてしまいます。とにかく真剣で、どこにも誤魔化しがないのですから、強い説得力を持ちます。
 相手を言葉で説得しようと思うなら、二つの方法が有効です。とことん話をして、豊富な知識で圧倒して、相手の思考を弱らせて、力でねじ伏せる方法が一つです。また、相手にあらゆる質問をさせて、淀みなく答え続けることで、根負けさせて納得させる方法がもう一つです。あるいは両方を組み合わせて、とことん口説くのが有効でしょう。
 A社の場合、レターというのがあります。これは公式のものでなく、セールスが勝手に作るメモ書きのようなものです。説得力のある効能書きに仕立てたモノや、真実らしい体験談に仕上げたモノや、文章で熱く深く訴えかけるよう刻まれたモノの総称です。あくまで非公式なので、その中身が事実を伝えると限らないのですが、自分の言葉で説得できなかったり、答えられないセールスには、虎の巻として有効です。出来のいいレターは生き残り、広く多く使われて、説得力を増すために役立ちます。
 どちらも本来の訪問販売法では認められない手法ですが、知人同士が納得の上ですることなので、禁止することはできません。

■ 返品OK、解約OK
 とにかく商品を手に取らせること、使わせること、ができれば完璧です。そこでサンプルと称して実物を使わせ、買わせるに当たってもアレコレ能書きを垂れ、最後に「気に入らなければ、いつでも返品できる」と説明して落とします。9割方使った洗剤でも、気に入らないと言えばカネが戻るというのは、警戒心を大いに解くでしょう。
 しかし巧妙です。現実に返品を言い出すことは難しいです。なぜなら買わせる相手が、紹介してくれた相手だからです。そこで出る不都合は全て説得されます。説得できない場合は別の会員を呼ぶか、説得力あるレターで補強します。それでもダメなら返品してくれますが、たいていは商品として問題有りです。化粧品や健康食品で致命的な問題が発生すると、内々に処理されて、改良するか廃止するかします。口コミなので、社会問題化が防げ、会員間で情報が流れることもありません。
 また解約、つまり脱退もOKです。そう言えば、高くない会費も払いやすいです。しかし現実の解約は難しいです。解約しようとすれば、その理由を詳細に尋ねられ、多くの場合は説得されて解約を見送ってしまいます。またいつの間にか、自分も伝道師に変えられて・・・新たな市場を開拓する手先に成ります。そうなれば、もはやシステムや商品に疑念も持たず、強い信念を持って、セールスに励みます。

■ 有益・お得のウソ
 口コミビジネス・・・報奨で釣られるばかりでなく、商品やサービスの良さを信じるが故に熱心だと書きました。セールスをする人々は「切れない包丁」を「世の中に役立つ包丁」だと信じています。つまり商品の有益性を信じ、お得さを信じて疑いません。だからこそ、膝詰め談判やレターで分厚い攻勢を加え続けていけるのです。
 しかしA社に限るなら、有益性もお得さもウソです。まず業績を見てみると、営業利益が売上げの25%もあります。販売を外部に依存しているにも関わらず、この高い利益は何でしょうか。最終利益も営業利益の50%近い高水準です。販売員はボランティアだなどと言いますが、真っ赤なウソです。高収益で高配当なので株価も高い(昔は・・・です)。ボランティアなはずが、無いでしょう?
 それで卸し価格です。階級が上がっていくと、卸し価格は定価の2/3にも成ります(最近は知りません)。残りの1/3がマージンに成りますが、要するに卸値の50%がマージンとして抜けるように定価が設定してあります。高い商品ですよね。現実には末端セールスが定価の20%まで裁量で値引きできるので、価格競争力がありますが、本気で定価販売するのは大変です。
 前述のK君は、洗剤の安さを強調していました。実験データが怪しげな洗浄力を示して、市販洗剤より安いことを説明していましたが、当時の洗剤が如何に高額商品であり、洗剤メーカーの高収益を支えていたかを知る今となっては、バカな話です。少し洗浄力を落としても素人目には分からないので、十分な価格競争力がありました。また、鍋釜も怪しい効能を強調していました。しかし外見では金物屋の鍋釜と変わりませんし、おそらく実用的な違いも少ないでしょう。
 そして、性能の良いモノをダンピングしても十分に採算が合うのです。安さを強調していたものは、小額消耗品か生活耐久品です。A社のカタログには、化粧品や栄養・健康食品、浄水器など高額機器が並んでいました。いずれも効能を説明できない商品なのに、怪しげな効能を主張していました。もちろん、カタログには書いていません。これらは異様に高く、栄養・健康食品は習慣づけて摂取させるものです。効能がウソなら絶対に買わない商品です。洗剤や鍋釜の品質で全て同品質であると錯覚させ、その割安感で全て割安だと囮に使い、ここから利益を叩き出しているのです。

 有益も、お得も、方便です。ウソも方便ですが、巧く使うからこそ、25%もの営業利益を確保できるのです。多く捌けば階級が上がり、階級が上がればマージンも増えます。かくして販売員は、マシーンと化すのでありました。
 口コミビジネスは確かに有効です。しかし、それは消費者を欺瞞し、一種の詐欺行為に発展しかねません。階級を上げ多くのマージンを得るために、商品を抱え込んでパンクしたり、詐欺的行為で摘発されたり、職務を疎かにして失職したり、親戚縁者から恨まれ見放されたり・・・本当にボランティア精神を持つ企業ならば、もっと妥当な値付けをし、マージンを適正な水準に下げ、健全な販売組織へと変えていって欲しいものです。

■ むすび
 A社は小売店には卸さないことをモットーにしています。長い間メディア向けの宣伝広告も控えていました。外資・株式公開企業・イベントスポンサー・・・好イメージで売り込んだものの、今ではバッシングと不況に耐えかねています。小売店に卸さないのではなく、卸せない理由を明らかにするべきです。小売店で不特定多数に売られれば、商品のカラクリがばれます。セールスのウソも使えません。公正な土俵では売れない商品を、セールスに売らせるべきではありません。

補足1
 A社販売員のみなさま。ご意見ご反論をお待ちしています。ただし、正当な理由のないものにはお答えしませんので、ご注意下さい。

99.11.29

補足2
 A社の米国親会社は、現在店頭公開中のA社株式を公開買い付けし、非公開とする考えを表明しました。現在A社の株式は創業一族のヴァン・アンデル家とデヴォス家が76%を保有していますが、株価低迷で公開の必要性が否定されたそうです。1,000円の株価を割り込んでいたのが、一転して高値に切り返した理由は、同社株式を1,490円で買い付ける旨を発表したためとされます。
 A社は1977年6月に設立され、1991年4月に店頭公開、その後は店頭市場の指標銘柄の一つとして注目されていました。1999年8月の売上高は1,438億円で、若干低迷しているもののグループ全体の利益の1/3を叩き出す優良企業です。それだけ営業上の旨味が多いようです。

99.12.31

補足3
 本国であるアメリカ合衆国を抜いてトップの日本法人は、ここ数年で経常利益が大幅に縮小しているそうです。消費不況も一因ですが、不明朗な経営スタイルが明るみに出された影響を受け、組織員の伸び率が大幅に鈍化していることも原因とされています。加えて、ディストリビューターの多くが、自分で消費する分しか購入しない姿勢を強めており、ネットワークビジネスそのもののあり方を問われようとしています。さらに有能なディストリビューターは、独立して他のビジネスを手がけていることも響いているようです。
 そんな中、A社では大胆なリストラが行われたようです。勤続年数に関わりなく、27歳以上の600人の社員を対象に200人の退職勧告を出したところ、募集から半日で400人が応募したというものです。韓国法人から乗り込んだ新社長の下でのリストラでしたが、社内士気の低下がありありと出ていたようです。どうなるのでしょうね、これからのA社は。

00.08.05
前頁へ  ホームへ  次頁へ