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経済の研究No.161
プレゼンテーション経営

 投資家に対して、企業は情報開示をしなければならないことは、鉄則です。少なくとも証券取引所に上場している企業は、事業計画に関わる部分を記者会見等で明らかにする義務を負っています。これまでの記者会見といえば、細部までツメを行った上で入念に説明用資料を準備し、あらゆる質問に応えるというのが普通でした。しかし今や、情報化時代です。情報開示のスタイルも変わってくるのかも知れませんね。

■ プレゼンテーションとは
 プレゼンという言葉があります。プレゼンテーション(提示)の略称で、主に広告業界で使われているそうです。広告業界の場合、顧客(スポンサー)は宣伝広告の素人であることが多いです。その顧客に紙資料でアレコレ説明をしても理解して貰えないので、イメージを駆使して分かりやすく広告の中身を説明するという手法が取られています。宣伝広告自身がイメージ的なものですから、雰囲気だけでも上手く伝えられるという訳です。
 古くは、業者と顧客がテーブルを挟んで向かい合い、白紙に手書きでイメージを指し示すのが普通でした。つぎにホワイトボードに資料を張り付けたり、マーカーで書き加えたりしながら、説明をするように成りました。ときにはスライド装置やOHP(オープン・ヘッド・プロジェクター)を使うこともありました。模型等を用意することもあったでしょう。
 しかしノートパソコンが普及し、また派手でインパクトのあるイメージを創り出すツールが普及したことで、パソコンを使うプレゼンが一般化しているようです。パソコンは少人数でしか見られないと言う欠点がありますが、パソコンイメージをスクリーンに投影できるプロジェクターの登場で、パソコンプレゼンも普及しているようです。

■ プレゼンテーション会見
 このプレゼンを記者会見に持ち込んだのが、米国マイクロソフト社のゲイツ元会長です。自社OSであるウィンドウズや、自社APであるMS−OFFICEなどを、社長自ら経済記者を相手にプレゼンして見せました。当初の目的は、自社OSやAPを目に見える形で提示して、技術力の高さを見せようということだったと思いますが、同時に自社APを駆使して見せることで、プレゼン会見を印象づける効果も読んでいたと思われます。
 経済記者にしてみれば、情報技術に詳しい人もいるでしょうが、詳しくない人もいます。詳細なスペックが書き並べられ、耳慣れない略称や意味不明な規格などが書きつづられた会見資料よりも、パソコンによるプレゼンの方が分かりやすいのは、間違いありません。自ずとプレゼン会見に対しては、好意的で分かりやすい記事を書くことに成ります。逆に小難しい資料を使った会見では、おざなりでチンプンカンプンな記事を書くことに成ります。
 プレゼンによって、記者の心証が良くなり、理解も進み、記事も好意的になるのであれば、使わない手は無いですね。情報関連企業を中心に、プレゼンを使った記者会見を行う企業が増えています。大手企業の場合はしっかりした資料を配付した上での会見を行うようですが、プレゼンだけであったり、プレゼン資料をコピーした資料を配付するだけであったり、手抜きをする企業もあります。カラフルなグラフや強調文字で見せられれば、その中身よりも見栄えに惹かれて、手抜きが目眩ましされてしまいます。

■ プレゼンテーション経営
 情報開示がプレゼンなら、経営もプレゼンスタイル化してしまうという荒っぽい企業もあります。一番に典型的なのは、ソフトバンクです。
 カリスマのある社長自らがプレゼン会見に臨み、構想段階に過ぎない内容を派手な演出で発表しています。新規事業の発表には、カテゴリーキラーやメジャー企業の代表者を同席させ、裏打ちが出来ていない事業計画や事業規模を大々的に宣伝します。パソコンを使わずとも、イメージで纏めてしまう見事なプレゼン会見を見せます。集まった記者達は、中身が何も見えないうちに記事を書き、そして「あ〜でもない」「こ〜でもない」「あれが問題だ」「これはヤルだろう」「もっと、こうなれば良いのに」と議論し、ソフトバンクはその議論の経過を見ながら、事業計画を詰めるという訳です。
 会見で事業計画の詳細を発表すると、後々修正することが難しくなります。自信満々で発表したものの、大きな欠陥が指摘されたり、数字の積み上げミスで事業性がなかったり、提携先との関係がチグハグになったり、従来型会見で負うようなリスクを大幅に軽減することができます。事業計画に自由度を残せるという意味でプレゼン会見は有効ですが、逆に投資家に取っては、未確定の事業計画を開示された場合のリスクが読めないという問題があります。
 プレゼンでイメージを先行させ、それにより株価を上昇させて資金調達を容易にし、あるいは事業提携などを円滑化し、そして新たな新規事業への道筋を付けるという経営スタイルです。事業計画が固まる前にも、少しずつ情報を小出しにして市場の動きを調べ、同時に話題作りに精を出しています。経営のプレゼンスタイル化、つまりプレゼンテーション経営ということです。

■ プレゼンテーション経営のリスク
 ソフトバンクの場合、ここまでの事業が概ね成功を収めてきたという実績があります。正しく言うならば「事業的な採算はまだまだ合っていないが、高株価戦略と先行者利益を吸収する形で、現在は成功を収めている」ということに成るのでしょう。投資家はソフトバンクによる高株価手法を信頼しており、いくつもアドバルーンが上げられるだけで、その情報に飛びついて、ソフトバンク関連銘柄を買いあさり、結果として高株価の利益を得ています。
 ソフトバンクはついに日債銀を手中に収め、多くのネットベンチャー群を率い、数々のファンドを立ち上げ、思い付く限りのサービスを提携でカバーするに至っています。子会社の含み益も巨額に膨れ上がり、自社株の時価総額もトヨタほかを追い抜いてしまいました。このままプレゼンテーション経営の神通力が働き続ければ、そのままコールド勝ちを収める可能性が高いです。2年前よりも実現性は高まっています。
 しかし株価は、何十年もの利益を先食いする水準です。従来の株価指標で図れない業種ではあるものの、異常であることに変わりはありません。どこかで歯車が狂ってしまえば、アッという間に危機的状態へ追い込まれるリスクがあります。現状では投資が投資を呼ぶ好循環ですが、投資資金が逃げ始めれば続々と逃げ出すのは間違いありません。そこにリスクがあります。
 現在のところ、事業立ち上げや成功事業では派手なプレゼン会見をするものの、低迷事業や撤退事業では略式会見に留めています。幸いにも記者達もマイナス情報を派手に流すようなマネをしません。情報に飢える記者達も、あえて恨みを買うような記事は書かないということです。プレゼン会見に馴らされて、術中に填っていると言えば、言い過ぎでしょうか。

■ むすび
 見せたい情報だけ見せ、見せたくない情報は見せない。中身とは関係のない「見やすさ」や「分かりやすさ」だけで、話題やイメージ先行のプレゼン会見を行うような風潮は、増えつつあります。現状ではプレゼン会見の中身を鵜呑みにして、ただちに株式を買いあさる投資家が増えていますが、企業側の見せたくない情報が何であるかに気付かなければ、大きく足を掬われかねません。
 プレゼン会見も宜しいですが、明確な事業計画も合わせて公表するように求めていくべきではないでしょうか。企業経営のプレゼンスタイル化は極めて危険なことです。実質的に中身のないモノが事業計画として罷り通り、株価対策や資金対策に悪用されるようでは、市場の先行きも明るくありません。

00.02.27

補足1
 第158回で取り上げた「イトーヨーカ堂BANK」も、迷走状態に陥った最大の原因が、プレゼン会見にあります。ローソンの多機能端末やイーネット連合に対抗するために、早々とアドバルーンを上げてしまったことに原因があると思います。幸いにも世論は規制緩和の方向にあり、その前向きな姿勢が評価されて救われましたが、時期が時期であれば、ヨーカ堂の金融戦略を大幅に後退させる危険がありました。
 本文ではソフトバンクを取り上げましたが、同様の傾向を示している大企業としては、ソニーがあります。ネット企業への脱皮を図るべく高株価経営を狙っていますが、これから起こるであろうネット企業株価の調整が現実になれば、積極的なソニーの取り組みもマイナスに繋がるリスクがあります。くれぐれも経営までプレゼンスタイルにしないで欲しいものです。

00.02.27
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