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経済の研究No.183
インターネット と デジタリアン

 日本企業における、インターネットの普及は飛躍的に進んでいます。上場会社でオフィシャルサイトを開設していないことは、企業評価を大きく引き下げるまでに成っています。オリジナル・ドメインの取得、プレス・リリースのリアルタイム提供など米国企業並みの情報開示に努力しているサイトも多々あります。

■ 経営者の意識は変わったか?
 こうした動きが活発化したのは、ここ2年余りの話です。それまでは、ご挨拶程度のコンテンツが、大手プロバイダーに間借りしていたのが一般的でした(今もレンタルスペースが多いと思いますが、ドメイン名はオリジナルな傾向です)。ドメイン名が商号同様に重要な意味を成し、社員の名刺にEメールアドレスが無いことを恥と感じるように変わりました。新聞広告や企業パンフ、中には商品や役務のパッケージにまで、オフィシャルサイトのURLを記載するように成りました。
 加えて、インターネット上での広告バナーの優位性が示されたことで、自社サイトでのキャンペーン実施、イベント情報等の提供を行ったり、会員登録の見返りに有用情報を提供するなどの努力もされています。企業情報のディスクローズにも熱心になり、事業内容や財務・人事・開発など多彩な情報を開示しているサイトが増えました。単なるテキスト情報ばかりでなく、イメージや画像・音声をふんだんに盛り込んで、何度も訪問させようとする努力もされています。

 そういう意味では、経営者の意識も変わってきたかも知れません。不特定多数の人々に、多くの情報を発信する姿勢が、経営スタイルを大きく変えてくれることも期待されます。投資家やマスメディアだけを意識していた広報も、少しずつ重要度が増しています。社内的な位置づけも、変わってきているようです。ただ一方で、体裁だけは整えながら、中身がサッパリという旧態然な企業も少なくないと聞いています。
 サイトをどこまで彷徨っても、企業へコンタクトを取るためのアドレスが開示されていなかったり、開示されていても送信メールに音信不通であったり、都合の良いQのみにAをしてみたり(場合によっては創作かも・・)、必要以上に個人情報を書かせようとするものであったり、、、挙げ句にメールでの問い合わせに電話で回答を寄越したり、とネットを道具として使えていない企業サイトも目立つようです。
 こうした問題は、担当者レベルでの問題というよりも、経営者レベルでの意識がそのまま現れた結果と見るべきでしょう。まず、経営者が率先してサイトの運営に当たることが必要です。定期的に挨拶文を掲載する。企業内容を紹介する。場合によっては、クレームや問い合わせに回答する。もちろん、サイトのコンテンツ作成や情報発信には、経営者が責任を持って取り組む必要があります。

■ デジタル・ディバイドから逃げる
 社外に向けてインターネットを活用することは、そのまま社内向けにも活用することになります。例えば、社内での連絡は、電子メールが主体になります。会議日時の設定や会議室の手配、会議資料の配付、議事録の配布や確認、関係部署への同報発信など・・・便利さを活かしたメールの活用が進みます。
 これまでは、コンピュータ世代と呼ばれた若年層を中心に拡がり、ようやく中堅管理職も使いこなせるように成ってきています。経営者も必死で勉強をすることが要求され、経営トップとしての資質に加えられるよう変わってきています。当然ながら、メールに付随して多くのパソコンソフトを修得する必要もあり、デジタル・ディバイド(情報格差)から逃れようと、誰もが奮闘しています。不幸なことにソフトは年々複雑化していきますが・・。
 パソコンやインターネットが使えるかどうかで、情報を獲得する能力に差が出ています。あるいは、情報を発信する能力に差が出ていきます。手書きの資料は敬遠され、阻害されます。もはや特技ではなく、必須技能とまで言われ始めています。就職や転職の条件となるのは当然のこと、収入にも大きな格差が付きつつあります。

 パソコンやインターネットは便利な道具であります。使えれば使えるほど、その面白さが良く分かります。文書の清書は不要で、修正も簡単です。適宜加工すれば資料作成も簡単です。内容の薄さを美しさで隠すこともできます。経営者にビジュアル的に訴えて、理解を進めて貰うこともできます。インターネットでは、どんな些細なことでも、どんな高度で専門的なことでも、適宜入手することができます。検索サイトへ出かけてキーワードを入力すると一発です。あとは効率的な使い方をマスターしていくだけです。
 デジタル・ディバイドから逃れようとするうちに、いつしか嵌ってしまい、デジタル・ネットワークに取り込まれる人々も出始めています。デジタリアンの誕生です。

■ インターネット・ジャンキー
 デジタリアンが増えることは、中短期的な見地からは、企業に有益です。社内業務の電子化が進み、ある程度の効率化が図られます。しかし一方で、デジタリアンが急増すると、様々な問題が発生します。最大のモノが、ネット・ジャンキーの出現です。
 ネット・ジャンキーは、もともとローカルなパソコン通信時代に登場しました。毎日ネットにアクセスを続け、ネットを介しての生活に填り込み、通常人としての生活が億劫になり、出社拒否や登校拒否、あるいは対人恐怖症などなど、社会的な生活が送れなくなるネット常習者が出てきました。一頃は、ごく一部の人種における社会問題として、取り上げられたりもしました。
 インターネットの普及は、さらにネット・ジャンキーの予備軍を育成すると共に、その生息領域を職場にまで拡げてしまいました。キーボードから離れられない、どんなサイトでも良いからアクセスし続けたい、業務を放棄してネットに逃避したい、等々の異常症状を見せることもあります。そこまで行かずとも、私用メールや趣味サイトへのアクセス、社内チャットなどを勤務時間中に行って、業務の作業能率が著しく落ちる社員も増えているようです。

 いくつか統計データも出ているようです。業務外の目的でインターネットが使われていると感じている経営者は、上場企業の70%以上という数字があります。あるいは、業務時間のうちネット・ジャンキーとしての時間を送っているのが、平均30%以上と応える社員が増えているとも言います。社員が訪れるサイトのうち、アダルト系サイトが5%という調査結果もあるようです。かなりのネット・ジャンキーが巣くっていると見るべきでしょうか。近頃では、勤務時間中にネット・オークションに嵌っている会社員も多いと聞きます。
 多くの問題は、ネット・ジャンキー化していることに、罪悪感を持っていないことです。業務外のメールは、休憩時間や終業時間後に見ること。私用メールは、携帯電話や自宅パソコンのメール機能を使う。私的な目的での、インターネット・アクセスは行わない。等々の自覚を持たせる責任が、経営者にはあると思います。もちろん中堅の管理職もそう行動するべきですが、彼らの多くがデジタリアンでなく、僻みと取られることを恐れてもいるようなので、経営者が率先して、意識改革を行う必要があるでしょう。

■ デジタリアンのための意識改革
 最近の議論では、メールやネット・アクセスの検閲を行うことが有用という意見が増えています。私的なメールを自動抽出する仕掛けを設けたり、定期的に部下のメールを覗いたり、自動的に管理職にもBCC:メールが送られるようなシステムにしたり、とプライバシー問題に踏み込むような話も聞こえてきます。社員が巡回しているサイトを抽出して、そのコンテンツを洗ったりも、大手企業では着手または検討しているようです。
 米国企業では、検閲をして掴んだ証拠で、社員の解雇を実施した例も多々聞きます。日本企業でも、勤務時間中にアダルトサイトへのアクセスを続けていた社員が解雇されたと聞きます。表沙汰に成らない事例でも、それなりに処分者が出ていると見るべきでしょう。企業の固定資産を使い、企業の経費を使って、私用にネットを利用するのですから、ネット・ジャンキーであることが解雇理由になる可能性は高いかも知れません。しかし、検閲の結果というのは、外聞が悪いです。

 デジタリアンは、企業に取って有益な存在です。デジタリアンでなくとも、インターネットを有効に使って情報通となる社員もあれば、それらを活かして建設的な業務提案に繋げる社員もいるでしょう。あるいは技能に磨きを掛け、企業にとって一層有益な実績を上げてくれるデジタリアンも出現するかも知れません。そうしたプラスの可能性もある以上、必要以上に社員を拘束し萎縮させることに、意味は無いでしょう。
 デジタリアンに、意識改革を図らせることです。他の社員も含めて、勤務時間中と勤務時間外にメリハリを付けさせることです。勤務時間後には、残業代は支払わないが、フリーでネットの利用を開放するのも一策です。あるいは、特別手当としてネットアクセス手当を支給し、自宅でのネット利用へシフトさせることも一策でしょう。社員の私的利用専用にプロバイダー契約しても良いでしょう。その代わりに、勤務時間中に私的利用した場合は、解雇を含めた厳しい処分がある旨を宣言することです。
 経営者は企業を代表しています。勤務時間中は社員の能力をフルに引き出して、業務遂行に当たらせる義務を負います。このネット時代に、私的利用であるという理由だけで、社員のネット利用を制限するのは好ましく無いでしょう。まず私的利用のための支援もし、彼らのデジタリアンとしての能力は担保しつつ、業務利用とのメリハリを付けさせる努力をしてください。

■ むすび
 何はともあれ、株式市場ではIT企業の凋落が目立ちます。IT革命と呼ばれた存在が、ネット・バブルであったことも、ようやく認識されています。しかし、IT革命のかけ声の下で、数多くのデジタリアンが生まれました。デジタル・ディバイドを恐れて、多くの社員がパソコンやネットを活用するように成りました。そういう意味では、IT革命も大きな成果を残しています。
 これからも緩やかな革命は続くでしょう。今のデジタリアン世代が管理職に、やがて経営者にと上っていきます。それよりも先に、顧客に占めるデジタリアンの割合が高くなります。世間のデジタル化・ネット化に立ち後れることは、企業の将来性を左右しかねません。まず、ネット・コンテンツを充実させつつ、積極的な情報開示と情報発信を続けることが必要でしょう。そして社員が本業外のネット利用を行って、業務遂行の能力や効率を落とさないよう、公私のメリハリを付けさせる努力も欠かせません。
 何よりもまず、経営者のデジタル化・ネット化、デジタリアンの積極的活用、ネットの私的利用への公的支援でしょうか・・。経営者には頑張って取り組んで欲しいと思います。

00.12.09

補足1
 あるメーカーの社員から、私用メールが送られてきたことがあります。
 その日に返信メールを出しましたら、折り返しウェブマスターから回答がありました。「このような氏名の社員は居ないので、今後はメールを送ってこないでくれ」と。フルネームのメアド(メールアドレス)でしたので、居ないとは考えられませんでした。存在しないメアドなら、メーラー・デーモンが訪れるのが普通です。
 このメーカーの場合、明かな検閲が入っていると思います。できれば、そのままメールを削除して、無回答を望むところです。検閲の上にウェブマスターが返事を出すのは、いかがなものでしょう。明確なプライバシー侵害だと思います。社員のプライバシーは守らなくとも良いかも知れませんが、社外の人間のメールを勝手に開封して読む権利は無いはずです。さらに本人に断り無く、返事を出すこともです。
 その後、同じ方からメールは無く、ウェブマスターから厳しいお叱りがあったかどうかは、定かでありません。本人は検閲の事実を知らないでメールを出したでしょうし、知人友人にもメアドを教えている可能性があります。早く気づいていればよいのですが、後味の悪い話です。

00.12.10

補足2
�:メールについて補足します。「BCC」は「ブラインド・カーボン・コピー」と言います。通常、メールの宛先は「TO」ですが、参考までに送った事実を知らせたい人には「CC」で送ります。BCCはCCのブラインド(見えない)版なので、TOの人もCCの人もBCCの存在を知りません。一方でBCCの人には、TOの存在もCCの存在も全て分かります。
 メールシステムでは、特定の発信者や受信者にフィルタを着けることが可能で、一番簡単なのはメールに「BCC」を追加して管理者宛に送らせることです。この方法を使えば、上司や管理者がメールを全てチェックできます。発信者や受信者を特定せずキーワードで絞るのも可能ですが、これはザルになる可能性が高いです。もちろんメールサーバを覗く方法もあるのですが、大会社では砂漠に落ちた宝石を探すようなものなので、現実的で無いようです。

00.12.30
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