前頁へ  ホームへ  次頁へ
経済の研究No.194
コスト意識 と コスト改革

 近頃も、婚約発表で賑やかです。個人ではなく、法人の話ですが。マスメディアに踊らされている面もあるのかも知れませんが、節操なく婚約発表をし騒がれる割には、節操なく婚約破棄もし騒がれています。節操のない婚約はともかく、節操のない婚約破棄はいかがなものでしょうか。コストを削減して国際競争力や市場掌握力の強化を、株主や出資者に対して、訴えていたはずですけれど。

■ 婚約が結婚に繋がらない
 婚約発表に追い込まれる最大の理由は、突き詰めると市場評価です。業績が低迷し、単独での生き残りが難しいと判断されると、それを否定するためにどこかと合併・提携を発表せざるを得ません。そのスピードは、ここ数年間、年々上昇してきています。株価が100円を割り込み、一気に額面割れへ突入することも珍しくありません。何らかの対応策を発表しても、実績が出るまで株価水準が戻らないケースも増えています。
 株価は、そのままの市場評価です。社債の新規発行が望めなくなり、優良資産売却や人員削減では追いつかないところに来ています。縮小均衡も難しく、事業を縮小するとさらに追い打ちが掛かるのも、一般化してきました。そろそろ売却できる優良資産もなく、人員削減も限界に達しています。従業員の士気低下も著しく、一時帰休やワークシェアなどのかけ声も虚しいばかりです。とにかく明確なビジョンが描けない、というのが本音でしょう。

 そういう中では、同業他社との婚約発表が、最も便利なカンフル剤です。カンフル剤だけに即効性がありますが、長続きはしません。同業他社の現状は、どっこいどっこい。合併ともなれば、市場規模が大きくなり、当然にコスト削減効果を打ち出せます。さらなる人員削減、給与を含む待遇の改悪も可能です。いわゆる系列内での婚約は選択肢が限られていますから、系列外との婚約に走らざるを得ません。経営陣はカンフル剤と承知で使いますし、危機を乗り切ればいつでも婚約破棄ができるという打算が働くはずです。
 結婚の日取りを決めて調整を始めてみると、当然ながら、お互いの粗が見えてきます。とことん追いつめられているはずですが、トップ人事だの合併比率だの主導権問題で争い始めます。その結果、お約束通りの破談、婚約破棄となります。幸いにして、大手銀行系の婚約は概ね結婚へ漕ぎ着けました。新しい金融グループが形成され、その枠内でのグループ会社間の結婚は順調模様です。いくつか婚約破棄はしても、致命的なほどにはありません。しかしグループ外では、失敗が相次いでいます。
 婚約が、結婚に繋がらない事例が多すぎますね。

■ コスト意識はあるか
 企業を合併するのは、いつも巨大なエネルギーが必要です。ともに事業を拡大している状況ではともかく、縮小する過程では「人・物・カネ」の問題を整理する必要があります。とくに市場の信認を得るには、幾らの人と物を削って、幾らのカネを生み出すか。あるいは、幾らの負債を圧縮するか。ニュアンスやイメージではなく、具体的な根拠数字を提示する必要があります。
 以前であれば、「合併する方向で調整中」でも許されました。現在では、「○年○月に合併し、人員整理は××で、コスト効果は△△の見込みです」と発表します。市場がそれで不足と評価すれば、時期の前倒し、退職勧奨、事業や負債の切り離しなどを迫られます。急場のことなので、おざなりな積み上げになり、アバウトな試算となりますが、シビアなコスト計算を迫られます。

 そうした中で考えさせられるのは、本当に言い値通りのコスト削減が実現可能であれば、もっと早くに取り組むべきでなかったか。そして取り組んでいれば、合併さえも不要ではないか。そもそも合併発表まで追い込まれることも無かったのではないか。そう感じる事例が多いように思います。実際のところは、ますます不況の進行が早くなっているので判然としません。予定通りのコスト削減が行えず、新たな不良債務や不採算事業が現れることもあるでしょう。それでも、コスト削減効果は必ず出るはずです。
 これまで、あまりにも経営陣にコスト意識が無かったと思います。右肩上がりの経済成長を前提として、負債肥大化と事業拡大。留まることを知らない無軌道方針と無責任経営。バブルに踊ったことも、結局はコスト意識の欠如が原因です。新規事業を興すには、十分な企画提案書が提示され、それを経営会議・取締役会・株主総会等々で議論を尽くすべきでした。新たな資産を入手するにも、明確な指針とシビアな査定が必要であったはずです。残念ながら、今でもあるとは思えない企業を見掛けます。

 顧問という妖怪を放り出し、取締役ポストを大幅に削減し、保養所だのゴルフ場だのを手放し、本社ビルを証券化売却し、正社員を派遣社員に置き換え、人事の聖域にも大鉈を揮う・・ごく当たり前のコスト改革を怠ってきました。それを許したのは、前述の経営会議・取締役会・株主総会等々が機能せず、ときに社長や会長によるワンマンさえ罷り通ったことにあります。
 多角化やグループ強化の名の下に、無軌道で無計画な火遊びを続けたツケが、次々に火を噴いています。本業回帰といえば聞こえは良いですが、本業を忘れていたとは、どういうことなのでしょうか。

■ コスト改革を、公約し実現せよ
 話を戻しましょう。企業間の合併や提携を行う最大の利点は、惰性で動いてきた企業経営を大きく転換できることです。単独企業での生き残りの難しさを訴え、さらなるコスト削減を実現すること。不良事業や過剰設備を整理し、人員の削減と同時に人件費単価の引き下げに繋げること。利益の出る事業に人・物・カネを集約し、恒常的に利益の出るビジネスモデルを構築すること。そういうニーズを実現する好機を掴むことです。
 そのためには、単なる数字合わせでなく、より実効性のあるコスト改革の道筋を明示する必要があります。これまでの市場は、当座の目標数値に目が向いていました。明確なビジョンの提示を求めるとともに、その実現性を評価し、その上で成功への後押しをする努力を欠いてきました。形ばかりのリストラ、金融機関依存の債務圧縮、数字合わせの事業縮小。そうしたものを精査し、具体的で現実味のあるコスト改革策の提示を求めるべきです。かつ、それに見合うだけのバックアップを行うことも市場の役割です。

 一方で、一度承認された合併や提携を、撤回させない強制力も働かせるべきです。合併や提携によるコスト改革案を提示し、その実現を約束した以上は、その撤回は許されないことです。まして相性だの主導権だのという理由での撤回は許されません。撤回して同等のコスト削減が望めるのなら別ですが、望めないために合併や提携を打ち出すのですから、市場から退場を宣告されても文句が言えません。
 したがって、単なるお題目に終わらせないことが必須です。そのために具体的で現実味のある改革案を出させるわけです。撤回=退場、すなわち破綻、というぐらいに厳しい条件を付けるのも当然です。撤回が破綻に直結するならば、それだけ合併や提携に本気になるでしょうし、安易な婚約発表も抑制できるでしょう。結局のところ、市場の評価に甘さが残るために、企業側にも甘えがあるのだと思います。
 公約は、具体的で現実的に。そして、公約は必ず果たす。極めて当たり前のことですが、これからは徹底して貰いましょう。

■ むすび
 とはいえ、構造的な不況ですから、簡単には改革されないでしょう。ここ数年を振り返るだけでも、随分と日本の企業経営は変わってきました。古い体質を残した企業もありますが、そうした変われない企業は、いずれも経営危機に陥っています。ここで淘汰も進み、健全な企業が生き残る仕組みが整ってくれば、目先には大変な経済危機を迎えたとしても、いずれ強い日本経済の時代を迎えることができるでしょうね。
 そろそろ経営陣の責任の在り方も問うべき時期が来ています。物事を考えない経営陣、物事を隠蔽する経営陣、社内改革を疎外する経営陣。彼らの退場を促し、新陳代謝を進め、より一層の健全化が進むことを願って、結びとします。

02.02.11

補足1
 相次ぐ破談とは、近畿ツーリスト&日本旅行、大正製薬&田辺製薬、越智産業&通商、東京海上火災保険&朝日生命保険などがあります。社風の違い、経営哲学のミスマッチ、財務体質の課題などありますが、そうした問題を全て含んで改革するチャンスが、本来は企業合併なのでは無いでしょうか。
 株主の関心は株式価値(株価・配当)の増大にありますから、いずれの破談話も株主の意志には反しているはずです。いずれのケースでもその後のビジョンが明確に提示されていないことが課題です。一方で、コンパックとの経営統合に揺れたヒューレット・パッカード社は、大株主である創業者一族を叩きだし合併に邁進しました。大株主は株主利益が損なわれると主張していましたが、ごり押しした経営者側といずれが慧眼であったか近いウチに結果が出そうです。
 なかなか難しい課題ではありますが、あくまで株主のために行われることが大前提であり、かつ株主の事前同意・最終了承を経るのが、本来は欠かせないステップであります。そのステップを無視するが故に、致命的な破談を招いているのが現状では無いでしょうか。

02.05.19
前頁へ  ホームへ  次頁へ