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経済の研究No.199
ゼロ金利解除が特効薬

 三度目の正直という話だそうです。ついに、生命保険の「逆ざや」解消を目的として、予定利率の引き下げを法制化するそうです。運用利回りが約束利回りを大幅に下回る逆ざや状態は、何年待っても解消しないようです。このまま行けば、生命保険は立ち行かなくなり相次いで破綻するというのが、政府・与党の予測シナリオです。しかし、逆ざやが続くことの責任は、保険の契約者に無いはず・・。

■ 一番目の元凶は、政府の超低金利施策
 まず、逆ざやを生んでいる一番目の元凶は、言うまでもありませんが、政府の超低金利施策です。

 日本国内でジャブジャブに資金が余っているのなら、低金利も仕方がありません。しかし現実には、資金需要は逼迫しており、もっと高金利の局面になっているはずです。超インフレが発生していて不思議のない状況なのです。中央銀行である日本銀行が、大量に資金を供給しているために、不自然な低金利状態が演出されているに過ぎません。
 リスクに見合ったリターンが得られる完全資本主義経済であれば、今の日本には十分な投資先があることになります。しかし、その超低金利施策によって、ハイリスクの投資先までが超低金利で融資を受けられます。産業構造の転換に出遅れたり、すでに役割を終えた旧態然であったりする企業が、未だに市場から退場もせず居座っています。

 バブル経済に踊った大手銀行の救済、日本の金融システムの護持、が至上命題でありました。しかしその結果が、相変わらずの構造不況を引き起こしています。政府は借金のし放題、その借金の利払い負担を増やしたくない一身です。政府自身のためにも低金利施策を継続している、という愚かな状況に陥っています。一頃騒がれた「調整インフレ」さえも、その結果を読み切れず封印されてしまいました。金融機関や企業の選別が進むペイオフの完全解禁も先送りしてしまいました。
 超低金利施策は、不健全企業の延命効果を生みましたが、自己改善効果は生みませんでした。健全企業にも飛躍のチャンスを与えましたが、国内市場の長期化する不況や、いつまでも進まない経済構造改革が、足を引っ張っています。労働者の所得は一律に伸びず、さらには切り下げられています。消費マインドは低下し、雇用が確保できず、社会不安もジリジリ増しています。
 その先には、デフレーションと抱き合わせの大不況が訪れるだけでしょう。

■ 二番目の元凶は、生保の拡大主義です
 また、逆ざやを生んでいる二番目の元凶は、生保の拡大主義です。

 大量のセールスレディを採用し、猪突猛進的に保険を売りまくったのは、生保自身です。この狭い島国で、世界でも類を見ない保険大国を創り上げたのは、保険システムに無知な国民を騙し続けた生保に責任があります。国の社会保障の薄さを指摘し、不安感を増幅し、競うように勧誘を続けたのは、かつての生保の拡大主義が原因でした。
 本来の保険商品は、ユーザーが欲しいと思ったときに、必要なだけ買わせるべきものです。単なる預金に較べて有利な点を強調し、数十年というスパンで高利回りを約束したのは、一方的に生保側でした。ユーザーは騙されつつも、毎月貢ぎ続けました。その貢いだカネは、セールスレディの報酬などに化け、さらなる拡大主義への原資となりました。過剰な宣伝や販促、複雑なオプション、無意味な過当競争。今の生保危機は、生保の拡大主義が招いたものです。

 生命保険会社の大部分は、第131回にも書いたように、相互会社です。その目的は営利でなく相互扶助にあります。しかし現実には、営利保険会社以上に、自社の利益追求に邁進しました。規模を拡大することに専念し、社員(出資者、つまり保険契約者)のための運用など眼中にありません。一等地に相次ぎビルを建設し、不動産や株式に無秩序な投資をしてきました。
 それが破綻しなかったのは、ギャンブル性が高く契約者メリットの薄い「定期保険」を重点的に売り続けたためです。満期まで契約者が生き残ると負担になる「終身保険」や「個人年金」は推奨せず、定期保険や変額保険などハイリスクな商品を推奨してきたためです。「定期保険」は、満期まで契約者が生き残れば死差益という利益が発生します。契約者に配分しなくてよいこの利益が、長らく逆ざやを埋める働きをしました。
 もしもバブル期に拡大主義を展開していなければ、生保はもっと健全であったでしょう。もちろん業界全体で今ほど多額の資金を持てず、小規模生保が林立する状態であったかも知れませんが、それが本来の姿であったはずです。

■ 三番目の元凶は、生保の投資下手
 さらに、逆ざやを生んでいる三番目の元凶は、生保の投資下手です。

 古きよき時代、土地を買っても、株式を買っても、年月が経てば利益が出ました。日本が高度成長期にあって、順当なインフレ、安定した右肩上がり経済を謳歌できたためです。契約者から昔に預かった10万円は、満期になれば、約束した金利を付けて返却するだけです。当時の10万円と今の10万円の価値は大きく違っても、わずかな配当を上乗せすればオーライでした。
 バブル期には、土地にも株式にも巨額の含み益があって、それを顕在化させることによる資金運用の不安定化を恐れました。売却して利益を確定させれば、社員でもある契約者に高配当を出す必要がありました。ほどほどに含み益を吐き出して、それを配当するだけで、契約者に何も言われない薔薇色の時代があったわけです。役員達はバブルを謳歌し、多額の報酬を掴んだ時代があったのです。

 しかし、高度成長とバブルが、生保の投資下手を生みました。何もしなくても土地と株式が利益を運んでくれるため、投資先の選別もせず、投資先にハイリターンを求めることもしませんでした。少しぐらい投資に失敗しても、巨額の含み益で相殺できました。大過なく役員は退職し、満額の報酬を受け取るという時代が、ほんの数年前まで続きました。物言わぬ投資家として、投資先からは感謝されながら。
 状況が一転したのは、バブル後の大不況で含み益が吹き飛んでからです。見かけの利益を出すために、含み益の大きい資産を売却し、含み損のある資産を抱え込みました。新たに仕込んだ資産は、一層の目減りが進み、アッと言う間に多額の含み損を抱えました。もしも投資下手でなかったら、こんなミスをしなかったでしょう。含み損は小さいうちに損切りし、配当だけで利益確保できる投資先に絞り込んだはずなのです。

 さらには、多くの法人を相手にする生保には、大量の情報が集まります。どういう手法を取れば、その企業を再生できるかのノウハウも、人材も、資金も提供できる立場にありました。それは、投資先から短期的に利益を引き出すことを義務づけられた銀行にはできず、長期的に利益を引き出すことを許された生保にしかできないことです。海外の投資銀行のように、経営指導を行い、資本と人材の選択と集中を支援し、必要に応じて取引先を紹介し、多額配当を出せる優良企業を育てられる実力がありました。
 しかし、いつまでも「眠れる獅子」を気取り、大口投資家としての責任と義務を果たしませんでした。短期的に物言わぬ投資家であることを感謝されても、長期的に投資先の不健全度を高めた責任は、生保にあります。もちろん銀行にもありますが、彼らよりも責任は重いと考えます。

■ ゼロ金利解除が特効薬
 ここまでくれば、特効薬は一つです。もはやゼロ金利解除しかありません。銀行も生保も投資下手なのですから、システム的にインフレ状態を演出するしかありません。土地を買っても、株式を買っても、自動的に価値が上昇する時代を作るのです。いずれも大量に(直接・間接ともに)保有している機関投資家が、一番の恩恵を受けます。
 自然発生的なインフレでは無理ですが、政策的なインフレであれば、大丈夫です。住宅ローンや個人ローンの金利を少し引き上げても、消費者は積極的に浪費に向かうでしょう。インフレ局面では、モノを持つ者が有利であり、借金してでもモノを買うのがお得です。かつての調整インフレ案を、そのまま実現してしまいましょう。

 その過程で、いくつかの大企業が破綻するかも知れません。しかし、リストラを一巡した企業であれば、その懸念はありません。リストラが不十分で構造転換が終わっていない企業、スリム化が不十分な企業のみ潰れます。潰れたとしても、その営業権を引き継ぐ方が有利であれば、救済企業が現れて抜本的な改革を施してくれるでしょう。それは、高度成長期と同様です。
 低迷している流通企業は、間違いなく活気づきます。建設・不動産業界も元気になるでしょう。銀行は痛手を喰らうでしょうが、早期に新規投資(融資)に振り向ければ、早晩回復するでしょう。低利の国債は、叩き売るに限ります。いずれ預金金利も引き上げなくては、資金需要に応えられなくなります。
 そして、生保は約束利回りを大幅に上回るリターンを得て、再び春を謳歌するでしょう。そのツケは、満期が近づいたり、すでに満期を越えた契約者に及びます。見込み通りの満期金や配当が得られず、生活資金が十分に確保できなくなります。しかしそれは、かつて高度成長で経験したことです。最終的に国庫から補填するしかありません。

 一般企業や銀行・生保より出遅れて、国庫にもインフレの恩恵が訪れます。まず、相対的に国の借金が小さくなります。景気循環が良くなれば、税収も回復します。すでに発行した国債は、利払い負担が変わりません。新発国債の利払い負担は増えますが、事前に潤沢な国債を発行すれば良いでしょう。それが難しければ、銀行や生保から回収する方法も考えましょう。公的資金の前倒償還を望む銀行を退けて、普通株式に転換してから売却します。また生保は、劣後ローンなどを間接的に購入し、そのローンにはインフレ時の特約を盛り込みます。
 どこまでの水準まで何年掛けて上昇させるか、インフレの程度にもよりますが、極端に性急なものでなければ、確実に特効薬となり得ます。もちろん現在の超低金利、すなわちゼロ金利解除の実施が大前提です。繰り返しますが、年金生活者への配慮を怠ると、片手落ちになります。

■ むすび
 ただインフレにするだけで、経済が好転することはあり得ません。それに見合うだけの生産と消費を伴うことは必須です。幸いなことに、日本の不況は、今の米国とも、かつてのロシアとも違います。人・モノ・カネは潤沢にあるにも関わらず、超低金利施策を始めとする構造的なミスマッチが底流にあります。日本だけ好景気を取り戻すことは、夢でないのです。
 将来に渡る長期的なインフレを約束することで、人・モノ・カネが回り始め、デフレスパイラルと逆の回転を始めるでしょう。もう十分なだけ低迷してきました。リストラも進めましたし、国庫手当もしてきました。あとはタイミングを過たず、迅速に遂行されるだけです。その決断は、金融当局が内閣に迫って実現するだけの簡単な話です。

02.12.01

補足1
 計画的なインフレ施策の実施について、諸外国の反応はどうなるでしょうか。投資家レベルでは、円債などを買っている外国人投資家にはダメージを与えます。しかし、さほど多くは無いはずです。企業レベルでは、日本進出企業に少なからず不利益を与えそうです。日本がインフレ政策により競争力を回復することを望まない企業も多いでしょう。
 そして、国家レベルでは、円借款している国は歓迎してくれるしょう。しかし、外貨準備で円を大量保有している国からクレームが付きそうです。ついでに、円の国際通貨化はもう諦めた方が良いでしょう。長期的には、国際競争力が回復し、生産拠点を海外シフトした中には不利益を被る企業も増えるでしょう。
 いずれにせよ、日本国が完全破綻するよりはマシだと思います。かつて欧米はブロック経済などで国内産業を保護したことですから、日本もたまには許されるのではないでしょうか。

02.12.01

補足2
 それにしても、今回の法改正は強引なものです。早ければ次期国会で保険業法の改正を実現したいとのことですが、以下のような課題があるため、早期にツメが必要でしょう。ただし、過去に2度失敗しているため、業界の声を聞くことなく、政治が独走する可能性があります。

 まず、引き下げは予定利率が5%前後に達するバブル期の契約のみ対象とし、1%前後の商品は対象としない。これは契約の原則を犯すものです。金利の高い商品契約は有罪で、金利の低い商品契約は無罪です。本来であれば、一律カットが筋であるべきでしょう。そもそも高利回りを一方的に約束したのは生保側なのです。
 つぎに、引き下げを検討した段階で解約に一定の制限を掛ける。情報格差による不公平を埋めるのが目的でしょうが、当然にインサイダーによる不正が横行するでしょう。それに制限が掛けられるという内部情報を暴露することにより、一気に競合生保を破綻に誘導することが可能になります。破綻後に大きな不利益を被ることは実証済みです。
 最後に、予定利率引き下げまで追い込まれた生保は、引き下げても破綻する。生保業界でも言われていることですが、引き下げるなら個別判断でなく、一律に徳政令を出して欲しいとのことです。危ない生保を順々に引き下げる方式では、生保業界全体から資金が流出してしまう懸念があります。保険料収入が途絶えても存続できる生保は、まず在りません。

02.12.01
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