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政治の研究No.62
脳死臓器移植報道の功罪

 読者の方の勧めで、第59回に「ドナーカードは普及するか」を書きました。それまでは新聞でも軽い話題として取り上げていましたが、脳死臓器移植の事例がなかったことが理由です。しかし脳死臓器移植が現実になると、マスメディアはハッスルしました。これまでの難手術では、いずれも簡単な報道で済ましていたはずですが・・・。

 今回の移植報道に火を付けたのはNHKだったそうです。高知の病院に入院した患者が、脳死となる可能性が高く、かつドナーカードを保有して、臓器提供の明確な意志表示をしているというものでした。毒物カレー事件への世間の関心が薄れ、ネタに困っていたマスコミ各社は・・・現地に殺到しました。最初に非難を受けるとすれば、NHKに入院患者の情報をリークした病院の情報管理の不徹底です。おそらく日本初の可能性に心躍らせた誰かが、手柄を強調するためにリークしたのでしょう。
 すでに患者の脳死が確定し摘出した臓器を移送する段階での発表であれば、あそこまで問題は発展しなかったはずです。患者当人がまだ亡くなっておらず、家族が臓器提供を渋ったことが、マスメディアに絶好の機会を与えました。「自分たちで患者の家族に圧力を加えて日本初の脳死臓器移植を実現する」という、無意味な使命感に燃えたわけです。マスメディアが作り上げた大衆の世論の名の下にです。

 マスメディアの傍若無人ぶりは、マスメディアがお互いに批判し合っていたので、皆様もご存じでしょう。病院内で無差別インタビュー、医療機器近くで携帯電話の掛け放題、病院敷地内でハイヤーの乗り回し・・・がありました。輸送報道ではカーチェイス、ヘリによる追跡などもありました。病院関係者に頭を抱え込ませるほどのやり放題は、「マスメディアが神聖不可侵、アンタッチャブル」であることを見せつけました。常日頃、「プライバシー問題や、院内での電波機器使用問題を論じていたマスメディアとは、何だったのか?」と感じさせられました。記者の非常識は当然に問われますが、それを積極的に許可したデスクや経営陣の非常識も問われるべきでしょう。
 とはいえ、読者や視聴者にも大きな責任はあります。傍若無人な報道を飽きもせずに眺め続けた者が多かったからこそ、マスメディアの取材がエスカレートしていたのです。ただし、この点は鶏と卵の関係と同じで、マスメディアが生み出したスタイルなのか、読者・視聴者が生み出したスタイルなのか、よく分かりません。もちろん、情報を大量にばらまくマスメディアにこそ問題は大きいとは思います。
 もう4年前になりますが、阪神大震災、サリン事件以降、各社横並びで愚にもつかない画一テーマの報道が目立ちます。そして小さな噂やゴシップを集めては大々的に報道するというスタイルを使い、情報を使い回して垂れ流す姿勢が明確になりました。震災以前は社会面の1スペースに収まったような内容が、見開き記事になったり、一面記事になったり、特番報道になったりしました。地道な取材姿勢を忘れ、一過性の情報に飛びつき、誤報であってもフォローさえしないことが罷り通っています。少しは自己反省をして欲しいですね。良識ある記者は多いはずですが、おそらく各社内で窮屈な思いをさせられているのでしょう。

 マスメディアの手柄も書かないと片手落ちですね。まず臓器移植の問題を身近なものにしました。これまでは他人事であった国民に、ドキュメンタリー調で報道した成果があり、認知度が上がりました。つぎにドナーカードの存在を強く印象づけました。読者・視聴者からドナーカード配布先の問い合わせがマスコミ各社に寄せられました。コンビニなど小売店で配布を始めると、あっという間に品切れになりました(無料だったので、何枚も持ち帰る客が多かったそうです。熱しやすく冷めやすい国民性なのでゴミ箱に直行しているカードも多いかも知れませんが)。ドナーカードを携帯する人はかなり増加したでしょう。
 そしてプライバシーについて考えさせられた国民も多かったでしょう。マスメディアはプライバシーに土足で上がり込んでくること、を思い知らされたはずです。患者の死に間に他人がドカドカ押し掛け、尚かつ死ぬことを望んでいるということ、綺麗な体で葬式を出したいのに出せなくなること、患者の善意が踏みにじられプライバシーを公にされたこと・・・家族は随分と悔しい思いをさせられたことが分かります。良識ある人は臓器提供なんて御免だと感じたことでしょう。マスメディアの餌食になるような善行は慎もうと考えたでしょう。
 最後に病院にもいくつか反省が生まれたはずです。情報リークがいかに高いものに付くかと言うことに気付いたと思います。今回は幸いにも患者の姓名や顔写真が公開されませんでしたが、これは辛うじてマスメディアが一線を踏みとどまったためで、公開されれば病院に対する訴訟に発展する可能性がありました。臓器を提供するドナーの情報は当然のこと、臓器を受入れるアクセプターの情報もリークされました。該当病院の医師達は記者会見までしていましたが、こんなことは許されません。そもそも臓器移植は、当事者と執刀医しか知ってはいけないことで、これまでの制度の原則から言えば、ドナーとアクセプターには相互の情報を知らされてはいけません。今回はその原則を破ってしまいました。医師達には所詮臓器も商売道具に過ぎないと言うことでしょうか。本当に制度の趣旨を理解しているのか疑問が残りました。

 国民に臓器移植制度を周知させたこと、プライバシーは自分自身で守るしかないと認知させたこと、病院のプライバシー管理の不徹底を公知にしたこと、マスメディアは三つも善行を施しました。非常にありがたいことです。

99.03.22
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