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政治の研究No.132
ドメイン仲裁機関の役割

 5月から、汎用ドメイン「.jp」が開放されました。これまで主流だった「.co.jp」や「.ne.jp」に代わるものと期待されますが、これまで以上にドメインの不正取得もしくは不正運用が問題視されそうです。ドメインの取得は先出願主義(先に申請した人に権利がある)を採用していましたが、汎用ドメインでは、紛争回避のための優先申請期間が設定されました。法人優遇という批判もあるものの、果たして多くの法人は、そのメリットを享受したのでしょうか?

 「漢字.com」の運用が、そろそろ実現性を帯びてきました。対応しているソフトウェアが無いので、普及はこれからです。「.com」は真正の先出願主義ですので、有名法人や有名サービスの漢字名称のドメインが、第三者に取得されたりします。取得者は、そのドメインをオークションに出したり、直接企業に買取請求を出したりしたようですが、多くは権利移転されていません。
 日本では、こうした第三者に取得されてしまったドメインを、正当な権利者に移転させるために、工業所有権仲裁センターが紛争処理を行っています。いわゆるドメイン仲裁機関ですが、その活躍が新聞や雑誌を賑わせています。今回は、その役割についての意見です。

 仲裁センターのこれまでの処理事例では、法人有利であると報じられています。ドメインを取得した第三者が、悪意を持って取得または運用したと認定し、その移転を命令したケースが多いです。その裁定は「仲裁」に相応しくなく、システム的な欠陥があります。本来の仲裁であれば、双方の主張をよく聞き、互いに納得できるまで議論をさせ、最終的な落としどころを決めるべきです。
 しかし第一に、双方が意見を闘わせるのでなく、パネラーという仲裁人が審理して一方的に裁定を下します。第二に、「命令」とマスメディアに書かれるように、和解の提案でなく、準法的拘束力を持たせようとしています(判決文のように、「主文」があるのです)。第三に、パネラーが弁護士や弁理士など法律有識者が中心で、第三者による取得や運用を「悪」と決めて掛かっていることもあります。
 結果的に、仲裁センターの裁定を不服として裁判に持ち込まれ、必要以上に解決に時間が掛かる事例が増えています。スピード裁定も宜しいでしょうが、まだ立ち上げ段階にある現状では、もう少し審理の仕組み等の見直しを行うべきではないでしょうか? 裁判になると、原告の受ける傷も浅くないことが多いです。

 とくに「第三者による取得」や「商標権者への買取要求」を理由にして、一方的な移転を命じるのは、いかがなものでしょうか。ドメイン名と商標は別物です。ドメイン名は、あくまでネットワーク世界の住所表示であり、著名な商標を真似たドメイン名であっても、「〜通り」「〜街」などと本質的な違いは無いのです。敢えて他人を迷い込ませることは問題ですが、それでも訪問者を欺瞞(だます)のでない限りは違法性は無いでしょう。
 少なくとも第三者が著名なブランド名と同一(または類似)のドメインを保有することは、商標権を侵すものではありません。買取を要求するにしても、価格が適正であれば、通常の商業行為であると思います。商標権者は、自ら積極的に取得することで消費者等の混乱を回避すべきであるのに、その義務を怠ったのですから当然でしょう。

 商標権者は、エージェントを雇ってでも取得に自ら動くべきであり、混同しそうな類似のドメイン名も予め取得するべきなのです。それをサボるツケの対価は、払ってしかるべきでしょう。公開オークション等で、自らの商号やブランド名のドメインが売られているのは、恥ずかしいことです。
 そして、売値が数億円であったりすれば、それは名誉に思うべきです。買うかどうかは別の話ですから、取得者との間に専門家を立てて、適正な取引契約を結ぶべく努力をするべきだと思います。条件で折り合いが着かなければ、取得を諦めれば良いだけです。そのドメインを取得者が悪運用し始めれば、そこは民事裁判で争えばよいのです。どうせ、ドメインの買い手は他に無いのですから・・。

 とはいえ、ドメイン名を商標名と同様に扱って、不正競争防止に役立てようという動きがあります。そもそも政府不介入で発展してきたネットワークの世界で、政府が音頭を取ってアレコレ指図をするのは、いかがなものでしょう。仲裁機関にしても、仲裁とは名ばかりの準司法機関です。トラブルを仲裁する役割は重要なのですから、当事者同士の談判でもさせて、納得ができるまで議論を尽くさせるべきだと思います。仲裁の本意は、和解にあります(補足1)。
 ドメイン仲裁機関の今後は、「当事者同士で議論を深めさせ、商標権者らが適正な対価で入手するための手伝いをしてくれる役割」に期待します。最終的な目標は平和的解決を得ることであって、一方的に権利移転を命令するだけでは仲裁に成りません。また取得者が不正な運用をしたとしても、それとドメインの所有権の問題は別物です。不正運用による金銭的な損失は損害賠償金として、精神的な損失は慰謝料として、別個の民事事件として裁判で争うべきです。
 第三者による先行取得や、買取要求の事実のみを以て、ドメインの取得者を悪人と呼ばわるのは、どうか改善して頂きたい、と思っています。

01.05.20

補足1
 一般用語としての「仲裁」は、争いの間に入って、「両者を和解」させることです。この意味からすれば、一方的に仲裁人(パネラー)が決裁するのは、変なのです。上記本文は、そういう趣旨で書いています。

 法学用語としての「仲裁」は、「紛争当事者の合意に基づいて、第三者(仲裁人)の判断によって紛争の解決を図ること。その判断は当事者を拘束する」(by大辞林)と意味が変わります。ここからは「和解」の意味合いは出てきませんね。当事者からゲタを預かった第三者が、公正かつ公平な立場で結論を出すわけです。
 日本の場合は、公正かつ公平な立場で判断を下す人間として、法律有識者(主に弁護士)を考えがちです。しかし、こうした有識者の多くは体制秩序側の人間です。社会的強者に味方して、社会的弱者に冷淡です。本来の「仲裁人」としては、適さないことでしょう。仲裁人には、ネット関係のプロに参加して貰う方が良いと思います。そもそも政府公認の仲裁機関しかないのでは、「紛争当事者の合意」も何も無いと思います。

01.05.20

補足2
 一番に問題であるのは、gooのケースです。有名な検索サイトである「goo.ne.jp」が、極めて類似のドメインである「goo.co.jp」の移転を求めたところ、仲裁機関は移転せよとの裁定を下しました。

 すでに雑誌等で紹介されるように、経緯を整理してみます。
 1)取得は「goo.co.jp」の方が早かった
 2)その後も「goo.ne.jp」は制度上取得できなかった
 3)制度緩和で「goo.ne.jp」が取得できるようになった
 4)「goo.ne.jp」が有名になった頃、「goo.co.jp」でアダルト迷惑コンテンツ
   が公開された(実際は、転送)
 5)検索サイトにアクセスするつもりで「goo.co.jp」にアクセスした利用者が迷
   惑を被り、「goo.ne.jp」へクレームを申し立てた
 6)上記事実が雑誌等で紹介され、ブランドイメージが損なわれた
という感じになります。今回は4)と5)を理由に移転の裁定が出たのですが、経緯を追ってみると明らかに変です。2)が分かった時点で別のドメイン名を検討するべきであったはずで、同時に「.com」や「.co.jp」なども取得する努力をすべきでした。あるいは、2)の段階で「.co.jp」の買取交渉をするべきだったのです。

 5)のクレームは、自業自得です。紛らわしいドメインでサービスを始めた方に問題があるのです。著名な検索エンジンは、全て「.co.jp」か「.com」です。敢えて「.ne.jp」を取得して利用者に誤認混同を招かせたのは、原告の責任なのです。
 そもそも被告が「.co.jp」でアダルトサイトを始めた動機は、何人も訪れる「迷える利用者」が多いことであったでしょう。立派なコンテンツを開設していれば、迷惑したのは被告の方であったのは間違いなく、事実問い合わせ等もあって迷惑したと思われます。どうせ無縁の人が迷い込むのなら、アダルトコンテンツで広告収入でもと思うのが人情です。間違い電話の多い電話番号で、広告音声を流したくなる心境と同じではないでしょうか? 大いに同情の余地があります。
 ちなみに原告は、商標権の取得を以てオリジナル性を主張していますが、gooという名称は、雑誌名称などでも当時既にありましたし、ドメイン名としての識別性が高かったとも思えません。アルファベットの3文字で、オリジナル性も何も無いと思います。

01.05.20

補足3
 国際的なドメインである「.com」「.org」「.net」等は、その紛争処理を世界知的所有権機構(WIPO)が行っています。富士フイルムが「fuji.com」を、日本航空が「jal.com」を、それぞれ先行取得者から奪い取ろうとしましたが、いずれも敗訴しました。いずれも先行取得者に相応の取得理由があったことや、売買目的でなかったことから、権利移転の必然性なしと判断されたものです。WIPOも同じようなロジックであることが、分かります。
 しかし、上記2例で分かることは、大企業が自社ブランドに大きな自負を持っていることです。「fuji.com」は富士市か何かが取得すべきであって、一私企業に正当な取得権があるとは思えません。富士市が主張すれば、フジ・パブリッシング社(被告)も明け渡したかも。日本航空が著名であっても、JALという三文字アルファベットに識別性はあまり無いと思います。個人名のイニシャルにもありそうですので、正当な取得権があるとは思えません(実際のところ、被告のイニシャルがJALでした)。もっと識別性のある社名・ブランド名・サービス名を名付けることが必要なのでは?

01.05.20

補足4
 「jaccs.co.jp」「itoyokado.co.jp」といったケースは、いずれも紛らわしいサービスを開始していましたので、不正競争防止の目的で閉鎖をさせるまでは妥当だと思います。しかし、不正な運用を続けていたからドメインを移転せよというのは、法外な話です。こういうケースでは、ドメインは妥当な対価で譲渡したあとで、企業イメージを損なうなどの行為に対して損害賠償を求めるのが筋でしょう。実際は、損害賠償の金額が半端でないので、無償での権利移転の方が安くて済んだと思いますが。
 自分で運用した直後から損害賠償を求められても仕方のないドメインもあります。「sonybank.co.jp」「関東銀行.com」などの事例では、取得しただけでは違法性は無いと思いますが、運用すれば明らかに不正競争防止法違反でしょう。高額の損害賠償金を要求されてしまい、大赤字になるのは間違いありません。いくら販売目的でも、自分で運用できないドメインを取得するのは、意味が無いでしょう。販売が目的であれば、数億円を要求するのでなく、エージェント料として数百万ぐらいが相場ではないでしょうか。それも押し売りは禁止でです。

 現在のドメイン紛争処理は、JPNICの処理方針に沿っています。政府は、ドメイン紛争処理について、不正競争防止法の改正で対応するつもりのようです。あまり歓迎できる話ではありませんね。本文にも書きましたが、政府不介入で発展したインターネット世界に、政府が積極的に介入するのは、止めて欲しいです。現行法の範囲での対応は当然ですが、法律強化は好ましくありません。

01.05.20

補足5
 補足3の補足です。「jal.com」のケースは、権利者である米国男性が日本航空へ売却を何度も持ちかけていたそうです。調査不十分で申しわけありません。WIPOの裁定では、jal.comの取得がjal.co.jpよりも2年以上早かったこと、男性のイニシャルであって取得に悪意がないこと、を理由にドメインの移転は認めなかったということです。過分に企業偏重でない公平な裁定でしょう。米国男性はメールで売却を打診したそうですが、その提示金額は不当なほど大きかったのでしょうか・・? ご存じの方がありましたら、ご教授下さい。
 なお、WIPOの裁定には上級審がないため、裁定がそのまま確定するということです。日本のように、裁定に不服であれば民事訴訟に移れる制度であると、仲裁期間の必要性は薄いことになります。日本でも、ドメイン問題は民事訴訟を提起できないというスタンスにすれば、仲裁期間がより公平かつ中立であることを求められるのではないでしょうか?

01.06.30

補足6
 補足2のその後です。「.co.jp」サイトでは、依然としてアダルト情報を掲載していますが、トップに「18禁サイト」であることを明記するとともに、「.ne.jp」へのリンクを掲載するように変わっています。いずれのコンテンツを選択しても、抗議文がポップアップウィンドウとして表示される仕組みになっています。
 項目だけ引用しますと、以下のようになります。読者の皆さまは、どのようにお考えになるでしょうか。

  • 「goo.co.jp」を不正な目的のために登録したのではありません。
  • ドメイン名の売買など考えたこともありません。
  • 話し合いなどは全くありませんでした。
  • ドメイン名は、皆さんひとりひとりの財産です。その皆さんのドメイン名が、いつ奪われるかもしれないのです。
  • コンテンツの内容は、ドメイン名とは無関係です。
02.01.13

補足7
 補足6の続報です。「co.jp」ドメインを先行取得したポップコーン社が、NTT-Xを相手取って使用権の確認を求めた裁判につき、東京地裁の判決が出ました。手続の正当・不当には触れず、「原告のHPがアダルト関連のHPに転送され、件数に皇子利益を得ている」とし、「類似ドメイン名の誤認を利用して商業上の利益を得る意図があり、公正な使用とはいえない」と判じて、原告の請求を棄却しました。
 本判決では、商業上の利益を得ていることが「類似ドメイン名の誤認を利用する」ものだと断じるもので、コンテンツがアダルト関連であるというだけで、先行取得者の正当性をも否定する内容となりました。原告は判決を不服とし、控訴するそうです。依然としてアダルト関連へのリンクを継続しているのが難点ですが、上級審でより本質的な審議がなされることに期待します。

02.05.19
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