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政治の研究No.162
外交音痴の返上を!

 有事関連法案が今期国会の目玉になっています。こうした法案が必要かと問われましたら、必要であると答えましょう。太平洋戦争での教訓から、日本は固有の軍隊を持たず、「有事」に十分な備えをしてきませんでした。これまでは、駐留米軍が全ての有事対策をしてくれたので、何事も生じなかったわけです。これからは、日本政府自らが有事に備えることが重要です。
 かといって、現状の有事関連法案のままでは、依然として有事対策は米軍の仕事で、日本は自衛隊以下を動員して支援することに成ります。日本が主体性を以て有事に取り組まなくては、体のいい走狗でしかありません。今期国会での成立は微妙であるそうですので、是非とも継続審議を。

 本来、有事の発生に対し軍事力で応じるのは、最終手段です。ともかく、有事の発生を未然に防ぎつつ、発生した場合の規模を最小限に押さえる努力が必要です。有事の規模を抑制できれば、現有の警察と自衛隊で対処可能です。そこで重要なのは、軍事力でなく外交力です。有能な外交官1人の活躍で、戦争回避や紛争沈静が実現したケースは、歴史上多々あります。
 ところが日本では、そのケースを見ることができません。太古の昔から、日本は外交下手で知られてきました。古くは、対朝鮮・対中国の外交において、際立った外交力を発揮した前例が無いのです。朝貢を始めとする形式的な臣従により、貿易を許された事例が殆どでありました。軍事力や経済力で優位に立った際には、高圧的な姿勢で臨みましたが、それらにより有益な結果を得た事例もありません。その伝統は、今でも続いています。

 外務官僚を指して、外交音痴とする批判意見は多々あります。それは事実でありますが、彼らに代わる優れた外交策を提案する意見は全くありません。おそらく、国民全体が外交音痴であり、外交下手なのでありましょう。日本は、四方を海に守られた単一民族国家です。そして農耕民族として成長したために、対外的に高度な交渉術を要求される機会に恵まれませんでした。国内に複数の政治勢力が並立した場合には、相互の勢力間で外交力が磨かれる余地もありましたが、国内限り、その場限りでした。
 江戸時代の鎖国が一層の外交後進化を招いたと見るべきでしょう。江戸末期の開国政策にしても、諸外国に玩ばれる結果になりました。明治時代に入り、外交力の不足を軍事力で補おうと必死になり、日清・日露戦争を経て一目置かれはしました。しかし、外交力は磨かれませんでした。当時から、諸外国の憐れみを受けていた日本外交は、その技を磨く機会を与えられないままに、太平洋戦争へ突入した経緯があります。

 もしも第二次世界大戦目前の日本に、欧米に互する敏腕外交官があったなら、日中戦争も、太平洋戦争も無かったことでしょう。大局観と交渉術において古今無双の中国人を相手にして、日本は敗色濃厚な世界戦争へ引きずられたのですから。もしも軍事力が皆無であったなら、何とか戦争回避の途を選んだでしょう。しかし、東洋一を自負する陸軍、機動部隊という秘策を持っていた海軍の存在が、戦争拡大へ邁進させる結果となりました。開戦に至るまでの稚拙な外交は、皆様もご存じの通りです。
 外交の要諦は、パーティーだ、付け届けだ、などと宣う日本外交官は、未だにあります。外国大使館勤めを良いことに、私腹を肥やした外交官もありました。公費と私費の区別が付かない外交官も多いようです。外交の要諦は、交渉術にあります。どうか、間違えないで欲しいです。優れた交渉には、優れた人脈作りと情報収集能力にあります。パーティーや付け届けに動かされる外交官は、二流です。二流の相手と付き合っても、一流の外交はできません。

 先頃の在中国領事館による醜聞は、酷いものでした。中国の治安当局のやり過ぎはあったにせよ、亡命者の当然の保護、領事館の治外法権の徹底化、有事後の即妙の対処、本国への的確な報告と協議、相手国への厳しい詰問と交渉・・・いずれも無かったのは、残念な限りです。結局は、小泉首相によるトップ外交で解決しましたが、ポイントを稼いだのは、中国側でした。
 はてさて、こんな状況で有事立法を実現して大丈夫でしょうか。そもそも日本の有事に備えることが一義でなく、米国の有事に対応することが目的との批判も強いです。米国政府に引きずられて日本国民が割を喰うのは、いかがなものでしょう。何はさておき、外交音痴を返上し、米国と対等の外交関係を作ることが先決でしょう。日本は「未だ」米国の属国ではないのですから。。。

02.06.08
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