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経済の研究No.24
廃業できなくなった山一證券

 4月1日の発表において大蔵省検査では債務超過ではないとされた山一證券が、1998年3月期決算で債務超過に陥っていることが明らかになった。来る6月26日に解散総会が開催される予定だが、この日は最も多くの上場企業が総会を開く日であるが、大荒れが予想される。
 そもそも今回の自主廃業決定は、株主の意志ではなく、経営者の意志でもなかった。ただただ大蔵省の意志で決まったのである。確実に言えることは、自主廃業決定の時点では簿価で1000億円を超える資産があり、全くの黒字廃業であったことは間違いがない。それが株式市場の低迷している最中に持株を売却清算し、莫大なファンド解約に伴う資産の投げ売り、山一投資信託、山一土地建物ほかグループ企業の資金ショートによる連鎖倒産を招いた結果の債務超過である。政府主導で順当な営業譲渡をしていれば、大幅な余剰原資が株主に還元されたはずであるが、そうはならなかった。

 今回の自主廃業は様々な問題があった。以下に列挙してみよう。
(1)株主の意志とは無関係に決められたこと
 大蔵省には免許取消の権限はあっても廃業勧告の権限はない。法人に正当な手続を守らせるべき官庁が、手続を無視したスキームを押しつけたのである。経営者も株主代表訴訟を恐れて会社更生法適用申請を考慮したと伝わるが、マスコミに早々と発表されて打つ手が無くなった。顧客資産が一時的に凍結されることが金融不安に繋がると判断して、経営者の責任問題、日銀特別融資と引き替えに自主廃業を呑んだのである。経営者サイドは総会紛糾を恐れて裁判所による法的整理(商法整理とも呼ばれる)を申請したが、不透明な手続であるからと受理されなかった。やむを得ず6月26日に解散総会を開くものの、過半数株式分の委任状が集まらず四苦八苦していると聞いている。総会で自主廃業が否決されれば裁判所による法的整理となるだろう。

(2)退職金を規約通り支給したこと
 退職金の総額は450億円にのぼり、問題役員にも支払われている。経営者は一旦支給した上で今後返還請求を掛ける心積もりのようだが、回収できるはずがない(名義を換えられて差し押さえすらできないであろう)。また一般社員の退職金も、倒産であれば積立金積み立て相当額しか支払われないにも関わらず規約通りに全額を支払ってしまった。廃業であるとの建前があったためである。また11月に廃業したにも関わらず12月のボーナスが(全額ではないが)支払われた点も問題である。その総額は約25億円と見積もられている。ボーナスの支給が緊急避難であった以上は、退職金からボーナス相当額の減額があってしかるべきであった。

(3)転換社債2000億円が全額繰上償還されたこと
 転換社債無担保社債であり、返還の優先順位は劣後ローンや劣後債と同じである。債務超過であればデフォルト(債務不履行)されるべきもので、本来は清算が完全に終わった時点での資産から一定割合の配当金が支払われるべきものである。今回のように償還日までの金利まで付加して支払われたことは異常である。その一方で生命保険の劣後ローン430億円はデフォルトされる模様で、当然資本金のうち株券額面総額650億円もデフォルトされる。本来であれば約3000億円のデフォルト債権の出資額に応じて配当すべきであり、転換社債だけ優先的に返還されたのは不平等である。これには大蔵省の意向と、証券会社としての意地があると見られる。ヤオハンでさえ将来的に転換社債400億円の償還をしたいと表明しており、過去に転換社債のデフォルトが一件もないのである。

(4)役員が精算業務に関与していること
 山一の多くの役員は実務が解らない。エリート畑を歩いてきた彼らは泥臭い仕事は苦手であり、資産管理の具体的手法も知らない。したがって、彼らは得意先や競合他社にお願いをして回るばかりで、有効な債権回収や資産売却を行っていない。しかも実務に明るい役員や中堅社員はすでに退社して再就職しているので、カスばかりである。彼らは海外資産の「視察」に飛行機のファーストクラスを使い、タクシーを使い、打ち合わせに料亭を使うバカ揃いである。そして未だに一流会社の社員という名門意識が残っており、資産売却は順調でない。資産売却損は1200億円に及んでいる。簿価より高く売れる物件もあるはずだから、かなり投げ売りされているのは間違いない。

(5)自主廃業発表後、グループ企業を積極的に救済しなかったこと
 山一證券のグループ会社は多数在り、親会社に資金援助を仰がなくて良い企業が多かった。これらは競合他社に売却すれば利益になるが、倒産すれば出資金は0になり、債務保証や融資資金は焦げ付きになる。外面からは一体としか見えないグループ各社の実状を即座に公開し、商品価値のある子会社が生き残れるように配慮すべきであった。とくに山一投資信託はそうである。しかし結局解約が殺到して信託資産ごとの身売りを逸した。その結果出資金はデフォルトになり、会社整理損を被るという「往復ビンタ」を受けた。また優良物件を多く抱えた山一土地建物は最大の店子山一證券を失って資金繰りが行き詰まった。いずれ行き詰まったろうが、上手くいけばメリルリンチに売却して負債を圧縮できたはずだ。それが銀行管理となり、二束三文で処分されることになった。

(6)隠れ借金がまだまだあったこと
 すでに子会社に飛ばしていた巨額損失とは別に、いまだに飛ばしを続けていた実状が明るみに出た。大口は大成建設の84億円である。目下提訴中だが、どこまで山一側に支払い義務を生じるかは微妙だ。大成側は飛ばしを引き受けて巨額の損失を被った以上、株主代表訴訟を提起される恐れがあり、是が非でも山一側に支払わせたいことだろうが、念書などがはっきり提示されても飛ばしが違法取引である以上は微妙であろう。山一の役員は裁判を長引かせて自分の首つなぎを優先するかも知れないし、和解金支払いと引き替えに大成建設系の役員ポストを得ようと画策するかも知れない。

 結局は、5,777億円の資産と6,002億円の負債が残った。資産の大半は未上場会社の株式保有残高である。その半分ほどは上場予備軍の株式と聞いているが、この不景気で上場できない会社も多く、また山一廃業により上場計画が大幅に遅れるために、売却益がいつ計上できるかは微妙である。その企業の経営が行き詰まり倒産すれば紙切れである(すでにそうなっている懸念もある)。最後は外資などに二束三文で売りつけるしかないだろう(メリルリンチはこういう証券の現金化を得意としている)。二割引きでの売却を見込むと1,300億円の売却損が出る計算になる。都合1,500億円の債務超過であるから、生保の劣後ローンをデフォルトにしても1,000億円前後不足する。したがって日銀特融も返済できないことになる。しかも売却が完了するまでに清算会社が運営経費を使うから不足金はさらに増加するかも知れない。解決策はただ一つ。日銀が山一の残存資産を一括り言い値で引き取ることである。

 このように何の見通しもなく自主廃業を迫った大蔵省は何喰わぬ顔をしており、社員や株主ほか投資家は大損をさせられたのであるが、まあ泣き寝入りするしかあるまい。ちなみにポン太は10万円仕込んで6.1万株購入したが、まず回収できまい。良い経験になったが、ギャンブルとしては楽しめた。

98.06.05

補足1
 本文では山一の5,777億円の「資産の大半は未上場株式の残高である」とありますが、誤りです。以前に簿価6,000億円の未上場会社株式の保有残高と聞いていましたので。実際はかなり売却損を出しながらも売却が進んでいるようです。ちなみに手持ちの投資有価証券は1,226億円、子会社株式を合わせても2,191億円しかありません。この他の資産は破産債権1,523億円(回収見込みは7割以上と豪語してました)、土地建物等571億円、現預金345億円、短期貸付金805億円などとなっています。第58回定期株主総会招集通知から引用しました。結果として本文の結論が代わってしまいますが、都合により修正はしません。あとは確定してから内容を整理したいと思います。

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