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経済の研究No.57
填められた長銀

 たかが一私企業の問題で未だに空転を続ける日本の国会、こんなにも決断力が無いんですね。政治も経済も土俵際に追いつめられているのに、野党はパフォーマンスを演じ、スタンドプレーばかりです。対する自民党も妥協妥協で四苦八苦です。こんなじゃ、本当に日本経済は潰されますよ。まったく。
 しかし当初から長銀事件と呼んでおりますように、今回の長銀危機はどうも仕掛けられた事件のようです。正確には長銀が填められたと言うことです。日経新聞9月16日の夕刊記事を読んで、やっと仕掛け人が分かりました。「UBS、長銀と提携解消へ」という記事ですが、そう仕掛け人はスイスユニオン銀行UBS)です。そもそも長銀が命綱にと提携を結んだ相手はスイス銀行SBC)でした。かなりしたたかで名の通った外資でしたが、少なくともSBCは純粋な気持ちで長銀との提携を望んだようです。ところが、今年6月にSBCがUBSと対等合併をしてから歯車が狂い始めました。三社作る予定だった合弁子会社は二社しか作ることができず、最後の一社(信託銀行)を設立する際には長銀の体力の無さを指摘されて合弁をさせて貰えませんでした。はっきりいって契約違反ですが、長銀も呑まざるを得ないない状況でした。

 今回提携を解消される二つの合弁子会社の実状も大変なようです。まずUBSは「長銀から提供して欲しいのは顧客データだけで、店舗も人間もいらない。任せておけば収益を回してやる」と公言して憚らなかったそうです。実際のところ合弁とは名ばかりで、全ての問題は旧UBSと旧SBCの人間で全てを取り決め、長銀には決定事項を事後通告するスタイルであったそうです。証券筋の話では、合弁開始後SBCと長銀の社員が一人ずつ自殺をされたそうです(表向きは病死となっているそうです)。実際のところ、旧SBCの社員も大変であるそうで、対等合併も名ばかりで、UBSが一方的に経営会議を主導し、都合の悪い人間は次々に配置転換、リストラされているそうです。そもそもUBSのトップは金融に素人だという噂がありますが、M&Aで拡大路線を走り続けているそうです。現在ではUBSは欧州最大の金融グループにのし上がっています。ただし利益を出すことには天才的で、大胆なリストラと巧みな情報戦略を駆使して、事実上SBCを飲み込んだわけです。かなりしたたかと言われたSBCでさえそうなのですから、国際金融に素人(国内金融もカナ?)の長銀が手玉に取られるのは当然です。
#N秋に提携を約したSBCと長銀でしたが、その不幸はUBSの介入が決まった時点で長銀が提携解消をしておかなかったことでしょう。長銀事件の引き金は、合弁子会社の長銀ウォーバーグ証券が大量の長銀株の現物売りを仕掛けたことです。子会社が親会社の株式を売り浴びせる・・・その奇妙な現象が長銀株の暴落の引き金になりました。当初は機関投資家が仕掛けた・・・と言われていましたが、のちに不良債権を隠蔽していた日本リースの問題が表面化し、誰か内部の人間が情報リークをした疑いがありました。
 どんな機関投資家でも隠蔽し尽くされている情報を引き出すのは無理です。そうなれば、疑われるのは合弁相手ですよね。そもそも合弁に当たってお互いの株式を持ち合うことにしていました。UBSがその持合株式を売り浴びせた、と考えれば合点がいきます。おそらく此の時点で日本リースの詳細を掴んでいたとは思えませんが、借入金が2兆円もあり十分な利益を上げていないことに胡散臭さを感じて、売りを仕掛けたものと考えています。一度長銀の流通株式の株券を徹底的に調べる必要がありそうです。UBS名義(またはSBC名義)の株券が大量に出回っているはずだと考えています。発覚すればインサイダー取引の上に、おそらく刑事事件に発展するでしょう。
 仮定の話を続けますが、UBSが売り始めたとすれば、200円台からでしょう。連休の谷間の9月14日の19円辺りで買い戻しをしている可能性があります。そもそも決まっていない減資の噂で大量の売り物が出てストップ安を付けたことも謀略の疑いがあります。そもそも既に債務超過でないとして資本注入した政府が自分の出資を紙切れにできるわけがないのです。長い間50円近辺で大商いでいた頃には仕掛けられなかったでしょうが、連休の谷間で買い物が薄いところに付け込んで大量の売り物をぶつけて自作自演したと観るべきです(長銀株価が50円まで追い込まれた6月末の相場では、大多数の企業が株主総会で忙しく、大蔵省証券局が金融監督庁への移行作業で出動できないタイミングを計って仕掛けられました)。そして全株買い戻したからこそ、提携解消を堂々と発表したのだと見ています。

 一つその証拠があります。今回の合弁解消は長銀が望んだものではありません。将来はドル箱になると考えたからこそ、二つの合弁会社に50%ずつ出資したのです。しかし不幸にも契約書にこんな条項があって手放さざるを得なくなったのです。日経新聞の上記記事によれば「長銀の株価が3営業日以上連続で額面割れした場合、UBSは合弁事業の株式を3分の2まで取得できる」という条項です。これまでは終値ベースで額面を三営業日割ったことはありませんでした。長銀にしてみれば200円を超えている株価が昨年ピークの600円に戻ることはあっても額面を割るなどと夢にも思わなかったでしょう。そもそもこんな条項があることに疑問を感じないのが素人なのですが、財務内容を洗いざらい教えた上に、その提携先に額面割れを誘導されるとは考えていなかったのでしょう。おそらく穏健な旧SBCの延長とでも考えていたのでしょう。
 状況証拠はほかにもあります。まず住友信託との合併発表に際して、UBSが提携の維持を表明したことです。住友信託が手垢の付かない長銀顧客を欲しがるのは当たり前ですから、せっかく掴んだ証券や投資顧問の業務をUBSから取り上げないように、提携契約の有効性を長銀に再確認させたと言うことです。本来なら住友信託の救済発表よりも前に何らかの援助を行うべきでしたが、合弁の際に2,000億円の資金調達を約束しながらコレをホゴにして長銀を追いつめただけでした。長銀にしても2,000億円の話がなければ大株主の勧銀などに緊急支援を要請していたことでしょう。崖っぷちまで追い込ませてから梯子を外すのは悪徳消費者金融のやり口です。やっぱり長銀は、ものすごいお人好しなのですね。危機に填った6月には、未だに配当の継続を謳っていたそうですし。。。
 まだほかにもあります。合弁会社は長銀ウォーバーグ証券と長銀UPS・ブリンソン投資顧問で、いずれも社名には長銀の名があります。ところが週刊ダイヤモンドなどに掲載された両社の広告には意図的に長銀の名が外されていました。ただし広告中には長銀の証券業務と投資顧問業務を引き継いだことが謳われて引き続き取引を継続して欲しいと書かれています。これは8月頃からの現象です。つまり早い段階から、長銀との提携解消の日は近いと踏んでおり、解消後に再び社名を変更するリスクを避け、なおかつ長銀顧客の囲い込みだけは進めていたわけです。

 幸いにも、UBSは長銀の持株を額面以上で買い取ってくれるそうです。多数の優良顧客をパクられ、自社を破綻直前まで追い込まれ、した代償に数億円の売却益を手切れ金にして、切り捨てられるわけです。涙が出るほどのお人好しですが、この売却益さえもおそらく子会社に送りだした社員を引き戻すのは忍びないとでも言って、うんとディスカウントするのでしょう。

98.09.16

補足1
 今回の場合は90%以上、UBSがクロです。そもそも合弁の条件は、長銀が優良顧客と日本でのノウハウを提供し、SBCが運用のノウハウを提供するというモノだったはず。その条件さえも提携契約に書いていないとすれば、長銀は契約についてさえズブの素人であると言われるでしょう。仮に書いて有れば、経営会議に長銀が参加させて貰えないことを理由に合弁契約の解消、つまり優良顧客の引き上げをできるはずです。最終的にはUBSに奪われるにせよ、株式を引き渡さない限り高値で売りつけることが可能なはずです。UBSが第三者割当増資で3分の2を掌握しようと動くかも知れませんが、出資比率の大幅変更は重要案件ですから発行株式の3分の2以上の賛成が必要だと言い張れば妨害することも可能なはずです。あるいは件の契約条項を削除させるよう交渉することも必要でしょう。例え別契約や口約束であっても長銀の2,000億円の資金調達についてUBSは誠意を見せなかったのですから。

補足2
 証券子会社はUBSの出資比率を66%に引き上げるとともに、投資顧問子会社は100%に引き上げるそうです。証券業務は長銀の持ち分を残しておけば、長銀が今後も使ってくれるとの打算があり、投資顧問業務は顧客をパクれば長銀は用無しだと明言しているわけです。

補足3
 少し話は違いますが、長銀株式を保有している米国のミューチャル・ファンドが、政府に迫られて長銀だけが日本リースに対して全債権放棄するのは背任だとか主張して訴訟を提起するそうです。長銀も他行と同じ一出資企業に過ぎず、母体行責任という日本独特の慣行は世界には通用しないと言うことですね。たしかに長銀が融資紹介して焦げ付いたものも多いようですが、大半はバブル崩壊の過程で日本リースが強気の肩代わり融資を行ったことが多額の不良資産を抱え込む原因となったわけですから、長銀にだけ責任を問うのは酷な話であるかも知れません。その条件をあっさり呑んだことでも長銀のお人好し加減が分かります。

補足4
 結局は長銀ウォーバーグ証券への出資比率変更は、長銀から株式の譲渡を受けるのではなく、第三者割当増資によるそうです。またUBSと長銀の株式持合は維持する(当初は解消と報道されていました)こと、証券の社名には引き続き「長銀」の名を残すことが確認されたそうです。このためUBSによる長銀株放出は当面なくなる見込みです。また国内での貸し株は、今年から厳しい規制が掛かっているとされていましたが、9月に入っても相変わらず規制を求める声が強いのを見ると徹底されていないようです。貸し株が自己資産の減少に致命的であることに気付かぬものらしいのです。また海外での株式融通には何ら規制が及んでいないとの声も聞きますが、現在調査中です。

補足5
 本文中の「長銀の株価が・・」の条項はディストレスト条項(破綻条項)と呼ばれています。もともとSBCとの間でお互いに3%ずつの株式持合を合意していたのですが、新UBSが難色を示したため、4月1日にディストレスト条項を呑むことを見返りとして1%の株式持合が実現したのだそうです。長銀としては約束が違うと突っぱねる方法もあったのですが、長銀の株価低迷を阻止するためには形式的な持合を実現する必要があり、仕方なく呑んだのだそうです。結局は株価低迷が止まらなかったわけですが、長銀は抗議するでもなく、2,000億円融資の話も新UBSがとん挫させても抗議できなかったという話です。何とも経営音痴な話です。

補足6
 また補足の方が長いですね。証券会社で聞いた話ですが、SBCがUBSと合併を発表したのは突然の話で、本来はここでSBCにペナルティを要求するのが国際ビジネスの基本だそうです。そこで賠償金請求やより有利な条件を提示しなかった甘さに長銀が付け込まれた、という話です。逆に株価低迷(これは提携契約とは何の関係もないばかりか、新UBSに取っては格安で長銀株が手に入れられるのでありました)を理由にディストレスト条項を突きつけ、持合株式を減らし、信託銀行は合弁対象から切り離し、融資も蹴飛ばした、ということで要するに国際ビジネスの無知に付け込まれたということです。UBSが陰謀を仕掛けるまでもなく、国際市場の信用を充分に落としていた(そこまでして提携しなければいけない理由があるに違いないと、足元を見られた)のですね。それと合弁子会社の二社が「長銀」の英語名「LTCB」を使わなくなったのは8月からで、社名変更をしたのでもないのに名刺にも電話応対にも使われなくなったのだそうです。これにも抗議をしたようには聞いていません。

補足7
 結局は実を結ばなかった補足5のような提携のため、長銀は赤字を粉飾してまで違法配当を行ってきました。この事実に対してようやく捜査のメスが入れられましたが、責任を問われるのは最近の役員に限られるようです。巨額の資産を形成し、6億円を超える退職金を得たとされる杉浦元頭取は、2億円の自主返還だけで逃げおおせる形になりました。

99.06.10
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