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経済の研究No.70
長銀株式、一株の価値

 第69回の「異議あり!長銀国有化」の続きです。10月23日の特別公的管理の決定を受けて、預金保険機構は長銀株式を100%取得しなくてはいけません。しかしそれに先だって東京証券取引所は22日の取引を以て長銀株式の取引を停止し、24日付での上場廃止を決めました。
 このため、株式市場からの調達は不可能になり、現在は株式保管振替機構に全株式を集めた上で預金保険機構が買い取るという案が有力です。それでも株式の拠出に応じない株主は多いと思われます。その場合はどうなるのか、よく分かりません。いずれにせよ旧来の株券は無効になるのでしょうが。

 前回に書きましたが、株式を広く集めて取得するのであれば株式市場を使うのが王道です。しかし長銀の発行済み株式は25億株もあります。筆頭株主は第一勧銀ですが、それでも3.6%の保有率に過ぎません。昨今の2円3円相場で購入した株主は纏まった株数を保有しているでしょうが、旧来の株主は1,000株2,000株単位で保有していることもあるでしょう。それを全て集めるのは困難です。
 結局は前述の株式保管振替機構など窓口を設けて、買取価格と期日を公告して取得することになるでしょう。公告価格が安ければ株数の集まりが悪くなることは自明の話です。例えば終値の2円で買い取るとして、1,000株保有の株主が、2,000円の支払いを受けるために証券会社の窓口に出かけるとは考えにくいです。いっそ記念に株券を持っておこうと考えるのではないでしょうか。

 一番の関心は一株の価値にあります。もちろん信用していませんが、1998年3月期の株主資本は7,872億円で、一株資産は329円です。その後、不良債権処理や日本リースの破綻処理などを進めた結果、1998年9月の自己資本は1,600億円だそうです(金融監督庁の発表による)。このうち政府保有の優先株の方が優先順位が高いので返済すると仮定すれば、株主資本は300億円で、一株資産は12円になります。わずか半年でこの惨状はあり得ませんから、明白な誤魔化しがあったわけですね。日本リースは完全に清算されますが、破綻債権の回収が予想以上に良かったり、旧経営陣の責任追及が奏功したとすれば数十億円の積み増しは可能かも知れません。とはいえ融資先のいくつかが新たに破綻して自己資本が吹き飛ぶ可能性も同程度ありますが。
 ある外資アナリストは一株価値を30円と算出したそうです。金融監督庁は未だに検査結果を開示していませんから、かなりアバウトな算出だと思いますが、何かと査定の厳しい外資の目で30円なら良い線かも知れません。ところで長銀のデリバティブ取引は1,600億円の黒字であるという話を聞きました。現在の為替相場は頻繁な動きをしており、いつを基準にした話か分かりませんが、全ての取引を無事に決済できれば自己資本の積み増し効果があるかも知れません。また大手18行に対する税効果会計を長銀も導入すれば、急速に特別損失を膨らませることになった長銀には自己資本強化に繋がるでしょう。

 ところが金融監督庁は、長銀の有価証券には含み損が5,000億円発生しているから、時価評価にすれば3,400億円の債務超過になると言っています。しかも自己資本が急激に少なくなった原因には保有不動産の時価評価への切り替えも織り込んでいるようです。株式市場、不動産市況の悪化しているときに時価評価を適用すれば債務超過になることもやむを得ません。厳密に検査すれば大手行の中で何行か債務超過の銀行が出るでしょう。
 しかし長銀にだけ厳しい査定を行い、債務超過であるから株主資本はゼロで当然というコメントをしています。とくに長銀危機のために地合が悪化した上に、他行が不良債権処理のための大量の保有株式処分を仕掛けた9月末時点の評価損で査定するのは酷な話でしょう。22日の日経平均は9月末よりも900円上昇しており、とくに銀行銘柄と長銀関連銘柄の株価が回復していますから少なくとも株式評価損は1,000億円ほど圧縮されているはずなのです。このように市場が回復すれば含み損はチャラにできると思いますが、市況を回復させる責任は当事者の金融監督庁にあります。有価証券の含み損を株主に転嫁する前に、金融システムを危機的状況に追い込んだ自己の力不足を反省するべきです。

 また金融監督庁は営業権の概念を失念しています。長銀を即日清算するのであれば別ですが、いわば国へ営業譲渡するわけですから、売却価格には営業権を加味するべきです。一般に経常利益の10倍が相場になっていますから、ここ数年の平均200億円の経常利益を考慮すれば最低2,000億円の価値があります。
 有価証券が無事に売却できれば、もはや持合の必要が無くなったこともあり、買い戻すことなく新しい融資に振り向けることができます。しかも高止まりしていると言われる行員給与を思い切って削減できますから経常利益は増加が期待できると思います。もちろん金融債の解約や預金流出はあるでしょうから、経常収益は縮小すると思われますが、そこは自助努力に期待できるでしょう。この2,000億円だけで一株資産は80円積み上げ可能です。

 しかし金融監督庁は買い取り額は0円だと言っています(これでは買い取りではなく、10割減資ですね)。実はまだ隠している大きな材料があるのかも知れませんが、それ以上に長銀に対する親心が働いているようです。長銀が国有化されれば善良な貸し手は保護するという建前ですが、優良な顧客は間違いなく流出するでしょう。預金と金融債も100%保護されますが満期になれば相次いで他行へ資金が流出するでしょう。そうなれば長銀の商品価値が一層下がるのは避けられないと見ているはずです。金融監督庁は政治家ほどに楽観的な観測は持っていないのだと思います。現状で株主に何らかの対価を払うためには有価証券の売却などが必要であり、含み損が売却損として顕在化してしまいますし、そうなれば株価の戻りも期待できないことになります。その結果一層商品価値が下がってしまうことを憂慮していると思います。
 しかしそれは金融監督庁の都合です。無事に長銀が再生すれば民間に長銀株を売却できるのですから、努力もしないウチから価値はゼロだと宣言するのも不誠実です。とくに国有化は株主が希望したことではなく、政府と金融監督庁が勝手に誘導した話です。しかも株価が2円まで低下したのは金融監督庁の発言が原因であり、破綻が顕在化した当時でも株価は50円台でした。長銀が資金調達難に陥った直接の原因は検査結果を公表しない金融監督庁への不信でしたし、格付け機関による格下げも同様の理由でした。
 日本リースの破綻も突き詰められば、長銀に全額債権放棄を迫ったという金融監督庁の責任でもあります。破綻を回避できれば破綻債権の回収の余地も残っていただけに長銀には不幸でした。東海銀債務の肩代わりも相互債務保証契約が直接の原因とはいえ、破綻に追い込まれたためです。そんな金融監督庁の思惑や査定結果を鵜呑みにしろというのが無理な話です。長銀破綻の原因は株主よりも金融監督庁や政府の方にこそ多分にあるのです。

 ここは政府と金融監督庁が自己の非を認め、まず優先株の全額放棄を行った上で株主にも株主責任を求め、少ないなりにも対価を支払うべきです。そもそも特別公的管理の申請に株主をタッチさせずに株主責任とは何事でしょうか。私は旧来の株主には額面の50円を返しても良いと思っています。残りの株主には買値相当の金額を返せばよいでしょう。2円で株を買った人に50円を返す必要はないでしょうから。でも2円まで下値誘導しようと風説を流布したのは結局、金融監督庁だったのですがね。残った自己資本と経営改善で長銀の建て直しに成功すれば、売却額が上がって政府出資1,300億円以上の売却益が得られるかも知れないでしょう。またそれぐらいの覚悟ができなくては国有化の意味もないのではないでしょうか。

98.10.23

補足1
%になって東証が長銀の上場廃止を発表したために、6円で取り引きされていた株価は急落しました。とくに信用取引の清算を23日中にするように指導したことが大量の売り物を呼び込みました。日証金だけで売り玉530万株と買い玉6,300万株の残があり、東証の指導は売り方には有利に買い方には不利に働きました。10月始めから特別公的管理と上場の扱いについて疑義が出されていたにも関わらず、東証の対応は不十分なものでした。マネーゲーム化した相場に苦々しさを覚えていたのかも知れませんが、東証の管理能力のなさを露呈したとも言えるでしょう。23日の取引は全面的に停止されたこともあり、いずれかの残を残している場合は、市場外での相対取引を求められそうです。

98.10.23

補足2
 海外の格付け機関は、これまで引き下げる一方だった長銀の格付けを引き上げる方針だと言います。ただし財務格付けは長銀の処理方針が決まるまで据え置くのだそうです。経営危機に陥っている企業にもじゃぶじゃぶに資金提供をし、不良債権にも全て責任を持つものと市場が判断したようです。実際の問題として清算されるほど財務内容が悪化している貸出先にも政治的判断で追加融資をする可能性があり、長銀の運営には注目が必要かも知れません。某夕刊紙はこれから国税が5兆円以上捨てられるなどと批判的にコメントしていました。

98.10.24

補足3
 もう一つ。債務超過であり政府保有の優先株もデフォルトとなる中で、劣後ローン1.1兆円の返済は行うと金融監督庁が発表しているそうです。山一證券や兵庫銀行で揉めに揉めた劣後ローンですが、返済の優先順位は極めて低いです。一応は株式よりも返済順位が高いのですが、現在の3,400億円の債務超過分を本当に認定するのであれば劣後ローンも4割程度の削減があって当然です。しかし金融監督庁は「現在の金融情勢の下では放棄を求められない」とコメントし、またも株主軽視、機関投資家保護を打ち出しました。上記コメントは経済原理に従うものではなく、明らかに不公平な裁量行政です。その穴埋めは国税で成されることから、今後に批判が盛り上がるかどうかに注目が必要でしょうか。

98.10.24

補足4
 金融監督庁は結局検査結果を株主に公表せぬままにゼロ査定を強行する腹のようです。自己資本1,600億円は本当にそうなのか、日銀へ積んでいる掛け金や保有不動産の含み益(減価償却済みの自己建物などは売却すれば多額の益が期待できるはずです)、デリバティブの勝ち負け、長銀総研始め子会社の売却益など全てを考慮しているのか、していないのか公表する義務があります。今回の一連の処理では株主は完全に蚊帳の外、国が買い取るのに国にしか査定権を与えず、その国が価格を決める。資本主義社会において変な話です。有価証券含み損もどの銘柄どれだけ持って5,000億円なのか公表されていません。しかも国有化されれば損益に関わらず売却を進めるなどとコメントしています。しかも株式市況は回復せず、営業収益も低下する見込み、などと再建前から言い出す始末です。それなら国有化しなければいいんじゃない?

98.10.27

補足5
′獅S日の日経新聞「長銀破たん処理の「恣意性」」という記事によれば、36条適用を決めたのは金融監督庁検査部が「自己資本を上回る含み損は無視できない」と強行に主張したことが引き金になったといいます。長銀が日本リースに対して多額の債務保証予約第60回を参照)をしていたことも原因と見られています。ただ高金利時代に貸し付けた長期固定貸付は今後も継続して利益を生むと見られ、貸出債権の含みは3,000億円に上るのだそうです。長銀がまた異常な操作をしていない限り有価証券の含み損を打ち消す含みがあることになり、金融監督庁のゼロ査定はまやかしである可能性も高まっています。

98.11.09
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