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経済の研究No.79
節度守って! 日本経済新聞

 日本経済新聞(以下、日経新聞)は、日本最大の経済新聞であります。今では社会・政治・国際・スポーツ記事を盛り込み、一般紙への脱皮を図っていますが、経済紙としての地位を揺るがせにするものではありません。株式・債券・商品・為替などの市場情報を毎日提供するとともに、現状分析や解説・将来の動向分析などを詳細に掲載し、日経平均株価指数を始め様々な経済指標を発表しており、日本市場を語る上で欠かすことができない新聞であります。色々な系列色が抜けきらない一般紙と比較して、比較的中立な記事を書くことでも知られています。
 ところが、この日経新聞に少し異常な徴候が見られつつあります。政治や社会記事で裏付けを充分に取らない記事が散見されるようになったこと(この点は政治の研究で繰り返し指摘しているところです)がありますが、経済に関しても裏付けの薄いスクープ記事が増えていることが気になります。
 そもそもスクープ記事とは何でしょうか。「読者の知らない情報をどこよりも早く提供する特ダネ記事」とでも定義しましょうか(Scoop:スコップですくい取ること)。一般紙の場合は、スクープ記事をどれだけ早く確実に発表できるかが販売部数に影響を与えるため、スクープ合戦を仕掛けることがあります。ところが、すでに経済紙で充分な地位を確立している日経新聞が、なぜスクープ記事を乱発するのでしょうか?

 日経新聞には、事実関係は分かりませんが、ある美談があります。それは第一銀行と勧業銀行が合併を仕掛けた際に、日経新聞が両行間の関係取り持ちや大蔵省との調整に参画したというもので、「両行が抜き打ち発表をしない代わりに、スクープ記事はギリギリまで打たない」とする紳士協定を結んでいたと言われています。両行の合併を純粋に日本経済の発展に役立つものと認識し、節度ある行動を示したとして、美談にされているものです。
 新聞社に節度が無くなると、有ること無いことを連発してのスクープ合戦になります。ほとんどゴシップ紙同様ですが、天下の経済紙がこんな事をすると誤報が誤報でなくなることもあり、非常に危険です。とはいえ、新聞社自身がダメージを受けるわけではないので、多少の信用を落とす覚悟ならやっても良いという考えが成り立ちますが・・・できれば節度を守って欲しいと思います。記者に節度が守られなくても、編集者には節度を守る意識を持って欲しいと思います。

 企業に関するスクープ記事にはいろいろありますが、インパクトが大きいのは企業破綻と、企業合併と、企業提携に関する記事だと考えます。スキャンダルに関するものもありますが、ここでは除外しましょう。
 企業破綻に関する情報は、破綻する前に流してしまうと、助かる企業も助からなくなる可能性が大きくなります。例えば、資金繰りが厳しいだの、取引先が逃げただの、金融機関が融資引き上げに動いただの、と報道されれば中位以下の金融機関は融資引き上げに動きますし、救済企業も手を引く可能性が高くなります。たとえば山一證券の自主廃業は報道と同じ結果になりましたが、日経新聞が報道したことで引導を渡されたという怨嗟の声も聞こえてきます。また日経ではありませんが、某経済誌が繰り返し破綻予測を立てた中堅ゼネコンが、取引銀行に見捨てられて破綻した例も有名です(同誌は、数値を使って危ない企業をランキング付けするのが得意であります)。
 企業合併に関する情報は、合併そのものを破綻させる危険があります。通常、合併交渉は一握りの人間で内密に進められます。あまり多くの人間が関与すると外部に情報が漏れたり、妨害を受けたり、インサイダー取引をする者が出たりする危険が生じます。このため90%以上の段階になるまで一部の役員しか知らないこともよくあり、本決まりのギリギリの段階で取締役会での承認、主要金融機関を含む取引先への根回し、監督官庁への打診、労働組合との調整、などが必要に成ります。場合によってはグループ会社や役員OBへの手配も必要になります。したがって、本決まりよりも先にスクープされると、根回し不十分で話が潰れる可能性が大きくなります。日債銀中央信託の合併話は早々とすっぱ抜かれて潰れてしまいました(補足2を参照)。この場合、合併が回避されることのメリットもあるでしょうが、デメリットがあることも間違いなく、日経新聞の拙速を問われるかも知れません。
 企業提携に関する情報は、合併と同様に、提携そのものを破綻させる危険があります。どんな提携でも必ず不利益を被る人間があります。社内・社外を問いませんが、本決まり前ならあらゆる手段を以て話を壊したい人間が出てきます。また提携が早々と明らかになると思惑だけで株価などに影響が出るため、誤報に終わった場合、大きなシコリを残す危険があります。逆にいえば、得体の知れない提携情報を乱発することで株価を操作することも可能になりますから、新聞社が片棒を担ぐのはどうかと思います。一般に提携がスクープされた場合、関係者は否定するか、準備が整わないウチに肯定するか、を迫られます。結果として中途半端な発表になり、混乱を生じさせる危険があります。安田信託の法人部門を分離し、第一勧銀富士銀の共同出資会社に営業譲渡する情報は、正式発表の1週間前に日経がスクープしました。この件は結果として関係者の了解を得ましたが、破綻する危険がありました。とくに譲渡金額を憶測で書かれたことが、詰めの段階でディスカウントの材料に使われてしまったと聞いています。

 スクープに関しては、必ずニュースソースがある以上、新聞社ばかりを批判できません。しかし企業謀略や政治謀略の材料に使われることも多いのは、新聞社が充分な裏付けを取らなかったり、憶測で話を膨らませたり、することにも責任の一端があります。できれば昔の紳士協定を思い出し、単なるスクープに拘らず、読者に正確な情報を伝えること拙速で肝心な話を潰してしまわないこと、を最優先で捉えることが必要だと思います。とくに日本の経済を担う日本経済新聞社には頑張って欲しいところです。記者にも編集者にも節度を求めます。
 対して企業サイドも常にメディアを意識した行動を示して欲しいと思います。うっかりスクープ記事を出されて話を潰されないように、情報管理を徹底するとともに、日頃から記者たちと信頼関係を築いておくことも必要です。決して馴れ合うわけではなく、正しい情報を適切な時期に示す癖を付ければ、お互いに良い関係を築き上げることができると考えます。もちろん我々読者もスクープ記事だけに目を奪われず、正しい情報を適切に伝えてくれるメディアを選択する能力を身につけなくてはダメですね。読者にも大人の節度が必要かも知れません。

98.12.10

補足1
 読売新聞社は11日の夕刊で「日債銀が国有化を検討」と報道しました。金融当局と日債銀は事実無根と否定しましたが、12日の日経新聞朝刊でもだめ押し記事が出てしまいました。どうも13日に日債銀の国有化も発表されそうです。今回の引き金は読売新聞でしたが、即座に日経新聞も記事にして仕舞うところ、スクープ合戦はエスカレートしています。しかし困るのは日債銀の取引企業と関係企業、さらには株主と金融債の購入者・・・影響が大きくなりそうです。

98.12.12

補足2
 本文中で日債銀と中央信託銀の合併話が書かれていますが、この情報をすっぱ抜きしたのは読売新聞が先であるそうです。本文をこそっと直すのはアンフェアなので、補足にさせていただきます。申し訳ありません。

98.12.18

補足3
#N3月18日、日本経済新聞は新日本証券と和光証券の合併を派手に報道しました。株価が怪しい動きを続けている中、当事者が全く否定するニュースを一面で扱う厚顔さが我慢できません。業界人や投資家をバカにしていますね。もはや老舗経済新聞の看板を下ろすつもりなのでしょうか?

99.03.18

補足4
 日本経済新聞は、他社のスクープ記事の後追いは絶対にしないそうです。このため、どうしても日本経済新聞で取り上げて欲しいネタは、積極的にリークするのが政官界の常識であるとか。したがって、スクープがヒットする確率も高くなりますが、先走ったリークネタを取り上げてしまい、誤報も多くなる傾向にあるそうです。スクープネタを要求する新聞側が悪いのか、積極的にリークしようと勇み足になる提供側が悪いのか。そもそも情報をリークしてメディアを利用しようと言う考え方に問題があるのかも知れませんね。

01.12.29
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