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経済の研究No.78
ヘッジファンドは終わったのか

 近頃の国内経済誌をにぎわしているのは「ヘッジファンドが終わった」というニュースです。米国の大手ヘッジファンドであるロングターム・キャピタル・マネジメント(以下、LTCM)の破綻が報道されたことがキッカケでした。それまで無敵の快進撃を続けてきたヘッジファンドの大手が危機に陥ったことは衝撃的でした。
 しかし、ロシア危機とそれに続くエマージング市場危機で、LTCMが資産の大半を吹き飛ばしたのは、ノーベル経済学賞を受けた学者先生の理論通りに債券市場が動かなかったことが原因でした。結果から言えば、LTCMはリスクヘッジの手段を持たなかったのですから、ヘッジファンド失格とも言えます。LTCMの破綻を以て、ヘッジファンドの終焉を語るは極論に過ぎます。

 LTCMの手法は極めて特異でした。国債の利回りとジャンク債の利回りは必ず一定の幅を持って収束するという理論に基づき、0.2%程度というわずかな金利差の変動から利益を吸い上げる手法を採用していました。個人資産レベルでは手数料で吹き飛ぶ金利差を、膨大な資金スケールによって大きな利益に変えていました。そのタネはレバレッジと呼ばれています。
 レバレッジは梃子(てこ)のことで、1の力を10にも100にも変換することから、大きく市場を動かす手法として呼ばれます。LTCMのレバレッジは200倍を超えていましたから、わずか0.2%の変動を40%以上に変えることが可能でした(売買手数料や金利を除いての話です)。彼らは年間を通して元本の40%を超える収益を上げていましたが、金利差が逆方向に動けばすぐさま損失が膨れ上がる危険な賭をしていたに過ぎません。数多いヘッジファンドの中では特異な事例だったのです。
 LTCMの危機が大きく報道されたことには理由があります。彼らは22億ドルの資本金を見せ金にして、多数の大手金融機関から1,250億ドルの資金を引き出し、その資金で有価証券を購入しました。さらに有価証券を担保にして1兆2,500億ドル以上(1998年8月末の想定元本)の先物取引とデリバティブ取引をしていました。LTCMの経営危機で1兆2,500億ドルもの取引が一括清算されると、債券市場に混乱を生じる危険があったために、大きく取り上げられたのです。
 現実問題として、彼らが表面化させた損失は資本金の70%以上に当たる16億ドル(裁定により確定させた損失)のみであり、これだけなら1ファンドの失敗に過ぎませんが、債券市場全体が崩れると、その損失が天文学的な数字に成る危険がありました。これは債券市場の壊滅を意味します。大手金融機関が相次いで緊急融資に踏み切ったのは、その損失を表面化させないためでした。

 ところで、他のファンドはどうだったでしょうか。同じロシア危機でジョージ・ソロス氏も20億ドルの損失を受けたと言われました。もともとロシアへの投資は純粋な投資の一環であったようで、とばっちりを食ったのが真相のようです(ソロス氏は東欧とロシアには積極的な投資のほか、莫大な寄付をしているそうです)。同時にエマージング市場からも撤退を強いられましたが、本体のクォンタム・ファンドでは黒字が出ていますし、ほかのファンド群もまずまずのようです。彼らは分散投資もしてリスクヘッジを図っているため、限定的な出血に留めました。
 また、一日で1ドル当たり11円という急激な円高が起きた際、タイガー・マネジメントが受けた損失も20億ドル程度だったといいます。の損失もその後の円安で埋められているようですし、この公称額も、裁定で確定させた損失では無かったようです。ちなみに同ファンドにとっての20億ドルは運用資金の10%であり、今年は損失を埋めても、まだ10%台の配当が維持できるという話でした。
 これらは特定の市場に一点賭けをして大きな利益を狙うマクロ型ファンドですが、ヘッジファンドの大部分を占めるグローバル型ファンドは無傷でしたから、決してヘッジファンド全体が危機に陥ったのではないのです。

 かつて市場が崩れるたびにヘッジファンドが悪玉とされてきました。資金量ではミューチャルファンドや機関投資家の方が圧倒的に大きく、その影響力は限定的なものです。彼らはレバレッジを上手に使うと同時に、マスメディアを操って望ましい方向へ市場を誘導する技術に長けているに過ぎません。これまでは実態以上にヘッジファンドを大きく捉え、市場が過敏な反応をしていたに過ぎないのです。
 しかし、今のヘッジファンド・バッシングは過小評価に過ぎるのではないか、と思います。ヘッジファンドは株式・債券・為替・商品の各市場において、無くては成らない存在に成長しました。相場が永久に上がり続けるもので無い以上、上昇局面ではシーリングに、下降局面では買い支えにと機能するヘッジファンドは必要です。健全な市場の担い手に成り、一般の機関投資家と変わらないヘッジファンドも増えているようです。彼らの一部が強引な運用をして失敗を犯したからと言って、彼ら全体に大きな規制を加えることは望ましくないと思います。実力と役割を正しく評価して、一層の成長と発展を祈るべきではないでしょうか。ヘッジファンドは終わっていない、彼らの時代はこれからだ、というのがポン太のヘッジファンド観です。

98.12.02

補足1
 米国内5大ヘッジファンドは、タイガー(50億)、ムーア・グローバル(40億)、ハイブリッド・キャピタル(14億)、インターキャップ(13億)、ローゼンバーグ・マーケット・ニュートラル(12億)であり、世界規模10大ヘッジファンドは、ジャガー・ファンド(100億)、クオンタム・ファンド(60億)、クオンタム・インダストリアル・ファンド(24億)、クオタ・ファンド(17億)、オメガ・オーバーシーズ・パートナーズ(17億)、マーベリック・ファンド(17億)、ツバイク・ダイメナ・インターナショナル(16億)、クウェイサー・インターナショナル・ファンド(15億)、SBCカレンシー・ポートフォリオ(15億)、ベリー・パートナーズ・インターナショナル(13億)であります。()内は運用資本金で単位はドルです。週刊エコノミスト10月27日号より引用しました

98.12.03

補足2
 本文冒頭のLTCMは金融機関による経営支援が効果を奏して20%以上のリターンを上げていると発表されました。未だに理論の正しさを信じて疑わないのだそうですが、アメリカ市場の堅調が引き続き維持される保証はなく、再び大きな火種となる可能性が高くなっています。

99.03.31

補足3
 LTCMは再建に成功したものの、存続は道義上の問題が大きいとして解体されました。その後ヘッジファンドの動静はあまり伝えられていませんでしたが、大手のタイガー・マネジメントが全ファンドを清算するというニュースが流れました。タイガーは為替の読み違えで多額の損失を出したと言われていましたが、その後顧客資産が大量に流出して1/3の規模に縮小し、6つのファンド全ての清算を迫られた模様と伝えられています。ソロスグループも派手な報道が消え、表向きはヘッジファンド問題も沈静化してということでしょうか。

00.04.08

補足4
 最大手のソロス・ファンド・マネジメントもリタイアするそうです。今春のNASDAQ急落で運用成績が著しく悪化し、主力ファンドの運用責任者が引責辞任することが原因だとしています。
 クォンタム・ファンドが22%の損失、クォータ・ファンドも33%の損失で、運用資産の目減りもさることながら、投資家が資金引き揚げに動く可能性が高いことを警戒したようです。ソロス氏は次期運用担当者を探すとともに、ファンドを低リスク運用型に切り替えると公言しており、投資家に資金引き揚げを踏みとどまるよう求めたと報道されています。

00.05.05

補足5
 ソロスやタイガーの退場で、ヘッジファンド首位に立っていたムーア・キャピタル・マネジメントも、主任運用担当者の引退で清算に向かうようです。ウォール街で屈指の株式トレーダーとして知られたショップコーン氏は、今年の運用成績をマイナス5%と小幅の被害に抑えたものの、時代の趨勢から見て運用継続が難しいと判断したとされます。ただ軌を一にした大手ヘッジファンドの動きは、少しばかり気になる材料です。流出する資金はどこへ流れるのか、に関心を持っておきたいと思います。

00.05.20
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