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経済の研究No.197
カントリー・シーリング2

 第43回カントリー・シーリング」を書いてから、もうすぐ4年になります。この4年間において、日本国債の格付けは下がる一方でした。当時は最上級のトリプルA(ムーディーズでAaa、S&PでAAA)を誇っていましたが、この5月にはシングルAに下がるかも知れません。格付けが正しいのか、正しくないのか。

■ 抗議に動き出した日本政府
 当初は「民間が勝手にやること」と高を括っていた日本政府も、シングルAを目前にすると危機感が出てきたようです。本日現在の日本国債の格付けは、AA−(Aa3)であり、トップから3ランク下です。国債の流通価格は落ち込み、海外投資家から相手にされない始末です。さらに格下げになれば、国内銀行が国債を持てなくなる事態も出てきます。すでに国債シンジケート団は解散し、政府発行の国債を効率よく金融機関が捌くシステムが崩壊したわけです。

 カントリー・シーリングとは、その国に本社のある企業の社債格付けが、国債の格付けを越えられないとする制限です。今回の日本国債引き下げは例外的措置なのか、一律にシーリング適用となっていないようですが、このままでは社債発行が困難になり海外へ移転する大手企業グループが出かねない状況です。政府に足を引っ張られて「ジャンク債扱い」は避けたいところでしょう。
 これまでも格下げに際して、政府や金融当局からコメントが出されました。「日本は対外純資産が多く、政府債務の多寡だけ信用度を議論して欲しくない」などというコメントが中心でした。これに対し格付け機関は、不良債権処理の遅れや、経済政策の拙さ、構造改革の遅れなどを格下げの根拠に挙げています。4月下旬に財務省が発した公開意見書も、内容的にはほぼ同じであるそうです。どちらの主張が正しいと観るべきでしょうか。

 格付けは長期債の返済能力を表しています。円建て国債については、日本銀行が円札を刷れば良いので、いつでも返済可能というストーリーは書けます。その場合は、国内で猛インフレを招くでしょうが、返済は返済です。政府の公言するように、他国を大きく引き離す対外純資産が一種の担保と言えるかも知れません。約130兆円と云われる金額は日本のGDPの25%に相当し、政府の債務残高の1/6に過ぎませんが、キャッシュとなれば大きな効果を生む金額です。しかし、中身は大幅に劣化しているとも言われており、信用がなりません。
 長期金利は政策的に抑制されているため、利払いが負担になるとは思えませんが、恒常的に赤字財政にある現状では、利払いよりも引受け手が問題になります。あの手この手で個人投資家を呼び込もうとしていますが、インフレやデフォルトがあるのなら、国債よりも有利な投資商品は沢山あります。騙される投資家は少ないのではないでしょうか。

■ 日銀は、金利上昇へ誘導を
 日本銀行は、ゼロ金利の再解除にナーバスです。前回の解除に際して、金融システムに生じた歪みと、その悲鳴とに絶えられなかった体験があるためです。しかし、本当にこのままゼロ金利維持で良いのでしょうか。ゼロ金利の維持により銀行の多くは一息つき、ゼネコンや流通に代表される不良融資先の危機も、一山を越えました。しかし、生保や年金への悪影響は拡大しています。優良金融機関が割を食う構図も拡がり、健全な経済システムが形成されません。
 これまでのコラムの繰り返しになります。金融機関の体力回復は、低金利政策に依るのでなく、リスク管理に応じた金利設定に依るべきです。収益力回復のためには、健全融資先への低利融資、不健全融資先への適正金利融資、不良融資先の整理、が必須です。債務免除なり追加支援なりを実施しても、不良融資先が健全化に向かうのは数年先です。その数年が待てない現状では、不良債権を切り離して健全部分を残し、不良債権の優先処理を実施することが最優先です。

 一金融機関が努力しても不公平が生じますし、実効が上がりません。公的資金を再度注入する場合、目先の不良債権処理に充てるのでなく、抜本的な不良債権処理に充てるべきです。したがって、大規模な不良債権処理を金融機関に強いた上で、体力のない金融機関は淘汰してしまうことです。ペイオフは導入されましたが、とりあえず普通預金・当座預金の決済性預金は全額保証されます。この保証が外れる2003年4月までが正念場でしょう。
 破綻する金融機関は、すでに設立した承継銀行(ブリッジバンク)へ繰り入れ、この承継銀行を通じた不良債権分離も行うべきです。公的救済をした旧長銀・旧日債銀などと同様に、不良債権を処理した再生銀行は元気です。喩え、4大金融グループの一角が崩れようとも、大胆な膿出しを行わずして、抜本的な金融再生は望めません。

 これらを実施する要が、日銀によるゼロ金利解除です。短資市場から日銀の資金が引き揚げられれば、短期金利は上昇し、長期金利も上昇に転じるでしょう。短期金利が上昇すれば、預金のだぶつきを懸念する金融機関から短資市場へ資金が環流し、適正な運用が可能になります。タダ同然で資金を調達していた金融機関は、その金利上昇に絶えられない場合、承継銀行へ繰り込まれるだけです。連鎖的な金融機関の破綻を招くかも知れませんが、国を挙げての施策であれば乗り切れるでしょう。

■ 金融機関は、救済融資先の選別を
 バブル崩壊後も封印されてきた不良ノンバンクの整理は、目処が付いたようです。厳しい金融当局の査定により、融資先における不可侵の聖域は縮小しているはずです。メインバンクの体面も失われ、大胆な法的整理を進めています。ただし、多くの場合は縮小均衡を目指すだけであり、その救済や再生には手が回りません。債務免除や追加支援の実施は、破綻されると金融機関へのインパクトが大きい融資先であるという理由が先立ち、実施により業績が回復する見込みの付かない先が多いと云われます。
 救済すべき融資先のポイントは、本業の安定性、あるいは有望な個別事業の成長性でしょうか。利益を生むビジネスモデルさえあれば、遠からず業績が回復します。回復の足を引っ張る要因を排除するための支援であれば、積極的に行うべきです。一番重要であるのは、金融機関が主導権を握ることです。株式資本を90%減資して、債権を株式に転換する手法があります。ダイエーに対して大手銀行が実施した手法でありますが、金融機関の損には成らない有効な支援方法です。大前提として、当該企業が再建されることが欠かせませんが。
 金融機関が主導権を握るとしても、経営に逐一口を挟むことではありません。それは単なる企業支配であり、下手をすると共倒れになります。何が原因で当該企業は行き詰まりを見せているのか、何を切り捨てれば問題は解決するのか、誰に経営権を委ねれば経営は前進するのか、そうした課題に全て応え得る体制を確立しなくてはダメです。分析も見通しも無い支援は、有害なだけです。

 さらに事業の整理を進めるとしても、全体的に事業規模を縮小するばかりでは意味がありません。成長性のある部門に人とカネを集中させること、規模が不足であれば、他企業への事業譲渡や交換の実施も一策です。そのためにも株式の大半を抑えることが前提になります。ゼネコンや流通についても、当該企業にスポンサーを見つけさせるばかりが能でなく、金融機関が自ら采配を揮う必要があるはずです。
 製造業であれば、不要設備を廃棄させ、必要設備を増強させることが先決です。市場競争力を養い、攻めの経営をできる環境を作ることです。小売業であれば不採算店舗の廃止でなく梃子入れを、サービス業であれば専業化と提携先拡大を、それぞれ選択すべきです。同じことは金融機関にも言えることですが。

■ 日本政府は、何を為すか
 そして日本政府の役割です。格付け機関への抗議だけでは始まりません。日本政府は、日本経済の評論家でなく、責任ある当事者です。金融機関やその融資先企業に対して、血の出る変革を求めるのなら、政府も血の出る施策で応えるべきです。単に金融機関の査定を厳しくし、不良債権の前倒し処理を強いるばかりではダメです。金融機関に救済融資先の選別を進めさせるために、そのノウハウを共有すること、必要な金融支援を行うことが必要です。
 法的整理になる企業があれば、その企業をどうバックアップするか、バックアップに必要な資金手当をどうするか、金融機関の自己資本不足をどう補うか、常に検討を進める必要があります。また選別の結果、切られてしまう事業や人員をどう活用するかも重要です。金融機関の手で整理させるのか、政府が介入して整理させるのか。職業訓練や失業保険給付をどうするか、再就職先の斡旋をどう行うか。考えることは沢山ありますが、考えながら動くしかありません。

 金利上昇局面になったとき、調子に乗っての国債乱発は避ける必要があります。積極的にインフレを誘導するとしても、あくまで国民の給与水準と足並みを揃えることが前提です。物価のみ上昇すれば、消費は一層冷え込み、経済は悪化の一途を辿るでしょう。給与水準も同様に上昇し、公的年金も適正な範囲で上昇すれば、国民は安心して消費にカネを使います。フローである給与や年金には大きく課税せず、ストックである預金や資産に課税しましょう。とにかくカネの巡りを良くすることと、良いインフレへ導くことが経済回復の近道です。
 対外純資産が大幅なマイナスであり、アフガニスタン紛争関連で多大な出費を強いられた米国が、経済回復基調にあるそうです。要するに、日本以上にカネの巡りが良いことが影響しています。同様に、日本もカネの巡りを良くするのです。外貨投資を縮小させて国内投資に振り向けること、実体が不明な対外純資産を整理して国内投資に活用すること、経済循環に役立たない支出を削減すること、目先の減税は実施しないこと、特殊法人改革を断行すること、不公正な規制を早期撤廃すること、為すべきことは沢山あります。

■ むすび
 日本政府が、長引く構造不況を脱するための大胆な施策を打ち出せば、格付け機関も格下げの論拠を失います。企業や金融機関の破綻が目先に増えようとも、結果的に健全な経済システム回復のためのステップであれば、日本国債にとってプラスの評価です。後ろ向きの投資を損切りし、前向きの投資に取り組む金融機関の格付けも、自ずと上昇します。不良債権を切り離し健全化した企業の格付けも上昇します。
 カントリー・シーリングが、トリプルAを回復する日を再び迎えるのか。それともシングルA以下に落ち込んで、未曾有のデフレ不況に喘ぐのか。決断するのは日本政府と金融当局です。本気で実現を目指すなら、全ての金融機関を国有化し承継銀行にぶら下げることで、大胆な変革を成し遂げることができるでしょう。

02.05.11

補足1
 まずは国会議員のリストラ、次ぎに秘書手当を含む不合理手当の廃止、それを妨げる抵抗勢力の排除。お手軽なのは、全て公約に明記した上での衆議院解散、総選挙でしょうか。
 う〜ん、ここは経済のページ。

02.05.11

補足2
 国内の格付け機関である格付投資情報センター(R&I)は、依然として日本国債の格付けをトリプルAとしています。「構造改革の痛みに耐えうるだけの基盤や条件はまだ残っている」というのが、その理由であるそうです。当然ながら、国内優良企業の多くの格付けはトリプルAであり、国内での資金調達には問題なし・・とされています。
 R&Iが正しいか、海外格付け機関が正しいか、日本国債に対する評価は未だ判然としませんが、日本政府として真摯な取り組みは必要です。

02.05.19

補足3
#N5月30日、ムーディーズは日本国債の格付けを2段階引き下げ、「A2」としました。わずか四年間に4度の格下げとなりました。引き下げたのは円建てのみで外貨建ては据え置きですが、今後の国債消化やジャパンプレミアムに大きな影響を与えそうです。2段階の根拠は、依然として明瞭でなく、構造改革や不良債権処理の遅れという従来説明を繰り返しました。
 一方で、S&Pは2002年内の格下げは行わない旨を公表し、格付けはAA−(Aa3相当)のままです。日本政府は、格付け機関の一方的な理由に対し、迎合しない模様で、年内にムーディーズが格上げする可能性も低そうです。

 ちなみに、国債格付けが「A2」は、主要7カ国(G7)では最下位という惨状です。同位にはポーランド・ギリシャ等があり、「A1」のボツワナよりも信用度が低いという状況です。

02.06.15

補足4
 ムーディーズは、イラン国債に対する格付けを廃止すると発表し、話題になっています。米国政府の経済制裁措置に配慮すると「格付けが成り立つのは不自然」とする、米国内の政治判断が理由とのことです。
 ムーディーズの当初格付けは、「B2」と低格付けでしたが、それでもユーロ建て国債の発行を検討していただけに、無格付けは大打撃であるようです。国際的な機関であるはずので格付け機関が、国内的理由で格付けを変更するのは・・国際的信用を自ら否定する行為だと言えるでしょう。今後、引き続き公器性が問われると思います。

02.06.15
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