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経済の研究No.196
銀行選別は、これから本格化

 政局のドサクサの中で、念願のペイオフ解禁が実現しました。短期的に見れば、預金者に過大なリスクを持たせる形になります。しかし中長期的には、預金者がリスクを肌身で感じて、銀行の選別を進めるスタートを切ったと言えます。
 ペイオフに備えて、大手銀行は相次いで経営統合を発表・実施してきました。これによりリスク回避能力が備わり、恒常的に利潤を生み出すビジネスモデルを構築するはずでしたが・・。

■ 普通預金金利0.001%の非常識
 第193回進まぬ銀行差別化」に書いたとおり、普通預金が0.1%を大幅に下回るという実情は、あまりに異常です。にも関わらず、ペイオフ解禁の直後に、大手銀行は相次いで普通預金金利を0.001%へ引き下げました。大手銀行側の言い分は、当面は普通預金は全額保護対象となるため、事実上のお荷物であるとのことです。

 預金保険機構に支払う預金保険料(0.084%から0.094%へアップ)が負担であり、金利+保険料の利ざやを稼ぐ余裕が無いというのが本音のようです。しかし、預金保険機構への保険料が引き上げられた原因は、銀行自身が招いた乱脈経営でした。もはや健全な大手銀行は一行もなく、相互扶助の会費である保険料の負担を口実に、普通預金を虚仮にするのは筋が通りません。にも関わらず、日銀には巨額のカネが投資にも回らず積み上がっています。普通預金を一斉に引き出されて慌てるのは、預金者でなく銀行なのですが。
 かと言って、定期預金の金利が大幅に引き上げられるということはありません。住宅ローンが3%前後、目的無担保ローンが8%前後、無目的無担保ローンが15%前後という中で、預金者へのリターンが余りにも少なく、あまりに非常識です。破綻しそうな銀行ほど、本来はリスクに見合った金利を支払うべきだと主張してきましたが、手厚い行政支援の下で、うそぶく銀行経営者は多いようです。

 また日銀は、相変わらずのゼロ金利政策を続けています(無担保コール翌日物金利は、0.001%へ低下)。日銀からジャブジャブに資金が提供される限り、大手銀行は小口預金に見向きもしないことでしょう。しかし、日銀が無制限に資金供給する暴挙も、間もなく限界を迎えます。現在の政策は、「一過性の金融危機を回避する」ための時限措置でしたが、すでに4年以上も続けられています。ペイオフ解禁となった今、これまで通りの政策が許されるはずもありません。
 健全な金融市場が回復するまでの間、株式市場の本格回復はあり得ません。政策的に低金利誘導を続ける限り、退場すべき市場参加者の退場は進まず、改善すべきものも遅々として改善されません。幸いにして、諸外国も大目に見てくれていますが、銀行のみが回復していく生命維持システムは、国内の大きな反発を生んでいます。金利上昇局面に及んだとき、手のひらを返して小口預金者のカムバックを求めるのは、まだ許されるでしょうか。

■ システムトラブルの連発
#N1月、三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行の統合で生まれたUFJ銀行は、決済トラブルを引き起こして預金者に著しい迷惑を掛けました。早朝引き落とし案件の午後引き落とし、同一案件の二重引き落とし、引き落とし案件の確認不能・・常識では考えられないミスでした。その件数は、約18万件であったそうですが、結局は平謝りばかり。しかも行員は仏頂面で、システムに責任を転嫁するばかりであったそうです。彼らにとってドル箱である決済業務を軽視し、かつその利用者を蔑ろにしたも同然です。
 ところが、4月。同様にシステム統合を図ったみずほ銀行(旧興銀・一勧・富士)では、約1週間のATMトラブル、250万件を越える決済トラブルを起こしました。UFJ以上に十分な時間があり、事前に統合準備を進めていたはずですが、UFJ銀行と同じ轍を踏みました。人為的な事務処理ミスも併発し、混乱を拡大させました。背後には、システムメーカーを巻き込んだ主導権争いがあったといい、本格稼働前の試運転もお座なりであったそうです。

 これまでにもATMトラブルはありましたが、多くはハードウェアの障害やソフトウェアの予期せぬバグでありました。銀行の合併や統合に伴うシステム更新に際して、壮大なユーザーテストとなった事例は聞きません。それがわずか3ヶ月に2度、それも日本を代表する巨大金融グループで生じたことは、由々しき事態です。郵貯システムや証券システムのトラブルによる混乱も、一日程度で復旧していたと記憶しています。
 みずほ銀行では、システムの完全統合は延期されるそうです。これに合わせて、重複支店の整理も遅れる見込みとのことです。金融当局は速やかに業務改善命令を出すべきでしたが、まだ躊躇しています。決裁トラブルは、大手企業をも巻き込みましたが、依然として責任の所在は明確にされていません。銀行は平身低頭で、この場を凌ごうとしています。

■ 顧客が、選別に動き始める
 金利を引き上げれば、いつでも預金が集まる。横並びでサービスを低下させれば、預金者は逃げない。小口客は、どんなに泣かしても構わない。メーンバンクに従う限り、融資先企業は生かし続けられる。外国資本は所詮、日本市場に参入できない。困ったときは、必ず政府が助けてくれる。そうした銀行経営者達の過信が、今の失敗に繋がっていると思います。
 一番大事にすべき顧客を軽視した時点で、銀行の末路は決まったも同然です。ジリジリと預金は逃げ、等しく選別から漏れ、取り返しの着かない関係を生みつつあります。今は表面上穏やかですが、ペイオフ解禁後の破綻第一号の発生か、銀行幹部の無責任な弁明か、金融当局の大いなる失言か・・何かの契機で巨大な雪崩れが生じると感じています。

 預金者が、銀行の選別を進めています。ニュースを頼りに、より安全で有利な預金先や投資先を模索しています。今の状態を安定と見るのは甘く、より確実な先が見つかれば、すぐにも預金を引き出して大移動してしまうでしょう。現状ただ仕方なく低金利に甘んじ、タンス同然の銀行に預金することは、預金者の本意でありません。これからは預金者が、銀行を選別する時代です。
 融資先である企業も個人も、銀行の選別を進めています。融資条件の良い銀行を選別するのは当然のことです。これまでの付き合いを精算しドライな対応を進めているのは、銀行が先行しています。それに倣った選別が進むのは、確実です。決済口座でさえも、面倒な手続きを呑んでまで、有利な相手に組み替えつつあります。これからは融資先が、銀行を選別する時代です。

■ むすび
 資金を握り日本経済を牛耳ってきたのは、今や昔。預金者に低金利・低サービスを強い、融資先にも一様に金利負担を課すことで、何とか生きながらえています。融資先のリスク管理を進め、金利に幅を持たせ始めた銀行もあるようです。しかし、紋切り型の一本調子だそうです。丁寧に話し合いを持ち、事業内容や事業計画を精査し、その事業性や返済能力に合わせたリスク管理を行わない限り、良質の融資先を確保し、適正な利潤を上げることはできません。
 リスク管理さえできれば、少しばかり返済能力を欠く融資先にも、融資が可能になります。ノウハウさえ培われれば、いくらでも融資する対象案件はあり、そのために必要な資金は欠かすことができません。融資で得る利潤を預金者と折半するぐらいの覚悟が必要でしょう。

 非常識な低金利で平気であることも、相次ぐシステムトラブルで嘯いていられるのも、銀行マンの開き直りです。高度成長期の「預金者からかき集めたカネを、どんどん企業へぶち込む」という成功モデルが崩壊し、その後に新たなビジネスモデルを生み出せていないことが原因です。
 銀行選別は、これから本格化してきます。銀行に求められた金融センターとしての基本モデルに立ち戻らない限り、日本の銀行業界に明るい未来は訪れないでしょう。

02.04.13

補足1
 目新しい内容はあまり盛り込めず、第108回預金金利は高くできる」の焼き直しになってしまいました。

02.04.13

補足2
 日本経済新聞2002/04/13夕刊によれば、みずほ銀行の特別顧問3名(各母体行の元頭取)は、揃って退任するそうです。システム障害の原因が統合前の準備不足にあったとし、退職慰労金の返上も含めて検討するそうです。
 各行が主導権争いに明け暮れたのは、当時の各頭取が行内を纏めきれなかったためであるとし、引責辞任を求めたというのが実際のようです。経営統合の実権を準備委員会にでも委ねて、綺麗に身を引いてあれば、晩節を汚すことも無かったのではないでしょうか。不幸なことに、就任1週間にしてみずほホールディングス社長の前田氏は、退任に追い込まれる可能性が高いです。当人の責任は大きくないはずですが。
 みずほグループの2002年3月期決算は、1.1兆円の赤字であり、システム統合の遅れは、2003年3月期への回復にも悪影響が残ります。

02.04.13

補足3
 本文中で述べた「日銀に積み上がっている巨額のカネ」とは、日銀当座預金のことを指しています。準備預金法に基づき、銀行は日銀の当座預金に準備預金を積み立てる必要があります。不足するとペナルティを課せられるため、銀行の資金ディーラーは細心の注意を払って必要最低限の準備預金を積み立ててきました。したがって、本来は余剰な積み立て預金は生じず、無駄な運用を生まないはずでした。
 ところが日銀による過剰な信用供与により、短資市場における資金運用は事実上意味を失い(本文で述べたように年利0.001%のため)、無利子である日銀当座預金に現金を積み上げるのと変わらなくなっている実情があります。無駄な準備預金が積み上がらないよう指導してきた日銀の施策により、結果的に無駄な準備預金が積み上がる皮肉を生んでいます。

 大手銀行は1990年代前半において、貸出額が預金額を超過するオーバーローン状態にありました。このため、超過分を短資市場で借入れる必要に迫られ、準備預金も最低限にする必要がありました。しかし信用収縮の発生により貸出額が預金額を下回っている現状では、日銀当座預金へ余剰分を積み立てるのも仕方がないことなのでしょう。
 国債投資・株式投資など新たなリスクを抱えるよりも、業績の良くない新規融資先を開拓するよりも、日銀当座預金を利用する方が安全というわけです。日銀当座預金は、銀行にとってのタンス預金ということになります。

 現状を改善するためには、日銀が短資市場へ供給している資金を引き揚げ、短資市場を本来のあるべき姿へ回復させることが必要です。金融機関同士でリスクに応じた適正な利率で資金融通し合うことで、当座預金に積み上がる過剰預金は無くなります。その結果、短期金利は上昇するでしょう。それに伴って、資金ショートが発生して行き詰まる金融機関が出てきます。
 本来は、ペイオフ前に短資市場を回復しておくべきでした。今となっては、時期を逸した感があるものの、遅すぎるということも無いと思います。

02.04.21

補足4
 預金金利が上昇することは好ましいことですが、業績不良の銀行が顧客繋ぎ止めを目的として、高利回り金利を提示し始めているそうです。採算の目処があってであれば好ましいことですが、中には定期預金よりも高い普通預金金利を提示する危ない銀行もあるとのことです。
 金融当局は、普通預金の金利上限を定期預金の金利下限を下回ること、かつ定期預金の金利を不当に高く設定しないことなどガイドラインを設けるそうです。金利に規制を設けるのは、金利自由化を導入した1994年から7年半ぶりです。リスクに応じた高金利提示は当然ですが、当面元利が保証される普通預金で不当な高利を保証されると大変という理由ですが、そういう金融機関はペイオフ解禁前に何らか手を打つべきだったはずです。

02.05.19

補足5
 本文中、融資先のリスク管理を進めているとした銀行は、大手では三井住友銀行とUFJ銀行です。
 三井住友銀では10万社の法人取引先を5ランクに分け、最優良の「1」で1.375%、要注意の「5」で5.3%程度に設定する「標準金利」の一律適用を進めるそうです。利ざやを現行1.4%程度から欧米並みの2〜4%に引き上げるのが主眼です。ランク「2」〜「5」の融資先では、支払金利の負担増も勘案し、事業整理や売却などに取り組み動機付けとするのが狙いであるようです。そのための支援を三井住友銀が果たせるかどうかが、課題です。
 UFJ銀行では行内信用格付けを取引先に通知し、それに応じた貸出金利の設定の交渉を進めるそうです。銀行のリスクに対する考え方を提示し、意識共有を図ることで、交渉手続の透明性も担保するようです。当面は数千社を対象とし、十段階での査定評価を提示するとのことです。

02.05.19

補足6
 補足2の関連です。3月に統合されたりそな銀行でも、システムトラブルが発生しました。みずほやUFJの轍を踏まない努力はしたようですが、同様のトラブルを生みました。ただし、規模は小さく一過性で終わったことが、せめてもの慰めでしょうか。
 こうした傾向を受けて、合併時期を予定よりも大幅に遅らせる金融機関が出ています。東京都内の日興・王子・太陽・荒川の四信金は、システム統合の遅れを理由にして、本年7月予定の合併を半年後ろ倒しにしました。信金の中でも勝ち組に属する連合のため、合併を急ぐ必然性が高くないことも決断の背景にありそうです。四信金は合併により「城北信用金庫」と改称する予定で、信金第二位の「城南信用金庫」への対抗上も失敗は赦されないようです(合併により、預金残高は城南に次ぐ第三位となる予定です。首位は京都中央信金)。

 話は変わりますが、以前の大型合併に較べて、近頃のシステムトラブルが発生しやすい体質の一つに、システムエンジニアやプログラマの能力低下を挙げる声も出ています。とくに大手電機会社のシステム部門では、かつて正社員による内製が主体でしたが、コスト削減の中で外部受託会社に丸投げする傾向が強いことが原因だそうです。丸投げしてもなお安い開発費ということは、開発要因の質が段違いに低くなるということです。
 近頃は、ソリューションビジネスなどを収益源にしようとするシステム開発会社が増える中で、上記のような丸投げに傾斜することは、極めて危険なことです。また、外部受託会社の中には使い捨て同然に「社員」を酷使する会社もあるそうで、定着率の悪さも指摘されています。システムの脆弱化に加えて、セキュリティの低下なども懸念されます。3月1日に発生した航空管制トラブルにおいても、プログラムの不備は1月に判明していたにも関わらず放置されていたのが原因だそうです。社会混乱の引き金になることを心配しています。

03.03.16
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