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政治の研究No.42
急 募! 護 民 官 殿

 ローマの護民官制度はご存じですか。古代ローマの護民官は、任期1年、定員10名を平民の投票で選出し、元老院(正しくは貴族院ですが、今の参議院に相当します)や執政官(大統領に相当します)の決定に対して拒否権を持ち、平民会で議長を務めたり民権擁護の演説をしたりしました。大土地所有の制限や土地の再配分に取り組んで暗殺されたグラックス(兄)や元老院権限の縮小を図って内乱を招き自殺した(と伝えられる)グラックス(弟)などが有名です。
 貴族や富裕層の権益を保護するのが元老院の役割であるならば、平民の権益を守るために闘うのが護民官の役割でした。そのために平民は護民官を選出し、強力な権限を与えました。結局は共和制ローマの後期に護民官制度は崩壊しましたが、護民官の権力が増大する一方で、正しく平民の権利を代行する人物が護民官に選出されなくなったことが原因でした。護民官が執政官へのステップアップに利用され、権力志向の人物が着任するようになったからです。

 戦前の日本に当てはめますと、元老院は貴族院、執政官は天皇の勅任を受けた内閣総理大臣、平民会は衆議院という感じでしょうか。その権限は大きく違いますが、衆議院議長が護民官という立場でしょうか。当時の衆議院は民権(平民の権利)の拡大を訴えて、一つひとつ平民の地位を拡大してきました。ときには貴族院や内閣とも対決をして、平民の地位向上の役割を果たしてきたと考えています。結局は財閥や軍閥の暴走を止められず、衆議院も翼賛化されて太平洋戦争に突入しましたが、まずまず当時の衆議院は平民の為の政治を志向していたように思います。差詰め、政党の総裁たちが護民官であったかも知れませんね。
 ところが戦後になって、貴族やブルジョアが皆平民になり、全て同じ国民になりました。貴族院は廃されて参議院に体裁を変え、本当の意味での国民のための政治が始められることになりました。また執政官たる内閣総理大臣の権限が強化され、その地位は衆議院の支持によって保たれることに変わりました。国民の直接選挙に依らず、衆議院議員の多数決によって選出されるシステムのために、護民官たるべき内閣総理大臣の性格は期待はずれのものに成ってしまいました。国民の代表として選出される国会議員たちは旧平民よりもブルジョアの意向で選出され、そのためにブルジョアの為の政治を行い、その結果誰よりも多いブルジョアの支持を集めた者が内閣総理大臣となるシステムになったのです。このため、日本の政治には護民官が不在になってしまいました

 米国では大統領が辛うじて護民官の役割を兼務しています。彼はブルジョアの支持だけでは当選できないために平民の権利保護も行うのです。対する日本ではブルジョアの意向に反すると内閣総理大臣に成れませんから、俄然平民には不利に、ブルジョアには有利になる政策を実行してきました。例えば健康保険や年金において国庫や企業経営者の負担が大きいと言っては平民の負担を増やし、景気対策と称しては効率の悪い土建事業に大金を投じ、金融システムの護持と称しては金融機関に無秩序な支援を与えて責任は問わない、国防やODAを名目に大企業への経営支援を行い、そのために予算が不足すれば社会事業費や医療福祉関係費を削減します。さらに裁量労働制の導入、年金支給額の削減と支給年齢引き上げなど平民の生活を圧迫する政策ばかりが登場しています。
 こんな世の中にこそ護民官が必要なのですが、内閣総理大臣である与党党首は頼りに成らず、それと対決して民権を守るべき野党党首も力不足です。最大野党の党首が仮に内閣総理大臣に選出されても、結局は同じ穴の狢でしょう。現在、ブルジョアの税務負担は軽減され、消費税の導入により平民の税負担が増えました。また金融機関への資本注入や公共事業の拡大が打ち出されていますが、その原資は赤字国債や建設国債です。今年30年物という超長期国債まで制度化して当面の財政負担を次世代へ先送りしています。同時に現在の危機的状況を招いた責任者達の責任問題も先送りにし、いずれ問題が顕在化したときには鬼籍に入っているか、時効成立でしょう。そして後には巨大な問題が残されることになります。本来は平民の為の政策を立案する衆議院がその義務を放棄しています。しかし我々には阻止する手だてがありません。彼らは組織票という強固な地盤に支えられているからです。同時に政治不信から政治無関心に転じる平民を増やして、一層組織票のレバレッジを高めてきています。

 護民官不在・・・の危機的状況を作ったのは我々平民の責任です。高度成長やバブルの時代は平民にも潤いある生活を与えてくれました。それが崩壊してみたら、真っ先に平民の利益が奪われることに気付かず、ブルジョアの為の国会、ブルジョアの為の内閣、ブルジョアの為の裁判所、ブルジョアの為の官僚制度の確立を許してしまいました。平民の権利を守る護民官を新たに生み出すことさえできなくなったのです。このままでは一層平民の地位は引き下げられ、負担だけを押しつけられそうです。そんな今こそ、平民が力を合わせて護民官を創り出すべきなのです。制度はともかくとして、平民の為だけに活躍し、平民の為だけに制度を改善する、そんな護民官を急募します!!

 やっぱり菅直人氏や小沢一郎氏ではダメですよねぇ。

98.10.27

補足1
 最近ニュースで耳にするようになったオンブズマンですが、これはスウェーデン語で「代弁人・護民官」の意味になるそうです。オンブズマン制度は、スウェーデンで導入された行政監視制度で、行政の苦情処理や第三者による行動監視・評価の役割も持つ広範なものです。
 日本では、1990年に川崎市と東京都中野区が導入し、現在では14県市区で導入されているそうです。名前を聞くわりには少ないという印象です。

本補足は「日経キーワード2001年版」を参照しました。
00.01.02
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