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経済の研究No.73
インフレ と デフレ

 怪しげな知識で迫るインフレ問題シリーズ第2弾です。ここではインフレとデフレを考えてみましょう。誤りにお気づきの場合はメールでご指摘をください。

 インフレとは、英語のインフレーションの略で、「一般的な物価水準が継続的に上昇し、貨幣価値が下落すること」(大辞林)を言います。発生原因によって、需要インフレ(消費者の需要に見合うだけの商品供給がない場合に生じるインフレ。戦地での食品高騰など。先年のたまごっちブームも原理的には同様)、コストインフレ(賃金や資材価格の上昇を生産性向上でカバーできないことにより製品価格も上昇するインフレ)、ボトルネックインフレ(コストインフレの一種。特定の物資が不足して価格騰貴し、連鎖的に物の値段がつり上がるインフレ。例えば玉子や牛肉の供給が大幅に落ち込んだ場合を想定して下さい)、財政インフレ(財政支出の急膨張や財政収入の不足を賄うため、紙幣増発や赤字国債発行により生じるインフレ。今の日本が直面している問題)、調整インフレ(国際収支の黒字超過を解消するために意図的に実施する政策インフレ。今マスメディアが宣伝しているものです)、輸入インフレ(外国のインフレに伴い国際競争力がついた商品を積極的に輸出に回すことにより国内商品も上昇するインフレ。輸入依存の大きい資材価格の上昇によるボトルネックインフレもあります)などと区分されます。

 今の日本が直面しているインフレ要因は、コストインフレの内の賃金インフレと、財政インフレです。高度成長期に急激なインフレを経験しつつも、それに見合う経済成長を遂げてきた日本は、インフレが継続的に続くものと想定して経済が動くと信じるように成りました。賃金は年々上昇し、不動産は年々資産価値を増し、物価上昇に見合う高金利が約束され、借金返済の負担も年々軽減される・・・と考えてきたのでした(これをインフレ期待インフレマインドと呼びます)。
 しかし長い不況に直面して全国的に産業が冷え込むと、賃金が上昇を続けるという夢はうち砕かれました。潜在的には賃金インフレの危機はあるものの、不況を大義名分として賃金カットや人員削減が行われるように成りましたので、回避されるのでしょう。財政インフレについては、重大な危険を孕んでいます。インフレ期待に踊ってきたのは実のところ日本政府でありまして、いくら財政赤字を垂れ流して赤字国債を乱発してもいずれインフレで負担を軽減できると考えてきたようでした。毎年経済成長率を高めに誘導していたことからも期待が大きかったことが分かるでしょう。

 ところが現実にはデフレデフレーション)の時代であると言われています。デフレは「一般的物価水準が低下する現象」ですが、「貨幣供給量が市場流通量を下回ることから生じる」という前提があります。1998年の日本では紙幣供給量は大幅に増加しており、その発行残高は1996年の2倍以上と言われています。市場は冷え込みを見せているため市場流通量が2倍以上に膨らんでいるとは考えられませんからインフレが起きていそうですが、市場で通貨がダブついているという話は聞きませんからデフレなのでしょうか。
 一つには紙幣の発行者である日銀が大量の紙幣を抱えていると思われます。金融危機にいつでも出動できるように十兆円単位の紙幣を保有していると見られます(昭和恐慌の際に、日銀の供給する紙幣発行が追いつかないという不手際がありました)。
 二つには銀行の貸出比率の低下があるかも知れません。信用収縮により短資市場の低調が言われており、短期資金を調達できなくなった銀行が手元資金を厚くし始めています。また企業融資も貸し渋り現象で絞り込みが行われており、対抗措置として企業も多額の現預金を抱えつつあります。
 三つには家計でタンス預金が増加しており、総体として余剰紙幣は上手に吸収されているのかも知れません。

 しかしデフレの進行は貨幣流通量とは別の要因で進んでいると思われます。一番の要因は供給デフレ(需要インフレの裏返しで、商品供給に見合うだけの消費者の需要がないことによるデフレ)でしょう。小売物価指数と卸売り物価指数は前年を下回る低調を続けています。供給が過剰であるとは思えませんが、それ以上に消費者による消費マインドの落ち込みが大きいのだと見られています。
 消費者は雇用不安や行政不信などで消費の無駄に慎重に成り始めています。また生活財の消費は一定量必要ですが、商品選別の目が鋭くなった消費者が安くて良い品のみを購入し始めています。自動車や家電製品など高額商品の買い控えも顕著で、住宅もローンを組んでまで購入しようとする意欲は失われているようです。デフレが長期化すれば賃金は下がり、借金の負担は大きくなりますから、ローンの前倒し返済なども盛んです。

 そして結論です。賃金インフレの危機は去りましたが、巨大な財政インフレの危機があります。しかし現状では膨らむ貨幣供給を吸収してしまう後ろ向きな貨幣需要があって均衡していると見られます。あるいは若干の財政インフレはあるものの、それを上回る供給デフレが生じており、全体としてデフレ傾向を示していると考えられます。借金大国日本にとって、急激なインフレは好ましくありませんが、デフレ経済はさらに困った事態を生み出しそうです。

98.11.12

補足1
 本稿を書いて三年が過ぎましたが、依然としてデフレ懸念が続いています。その原因は、市場原理を無視した低金利誘導に責任があることは、本コーナーで何度も繰り返し書いたことです。依然として、銀行は救済されず、生保も証券も厳しい状況に曝されています。どんなに劇薬でも、インフレ誘導することが市場の健全性を回復する唯一の手段だと思います。しかし、今の政治家にはその勇気が持てないようです。失業も、増加の一途です。インフレマインドが拡がれば、もう少し経済の歯車も回ることと思いますが・・・。
 政府は、とりあえず調整インフレに手を付ける意向です。為替相場を大幅な円安に誘導することで、国内産業の保護と拡大を期待しています。1ドル150〜170円が目標という呼び声がありますが、この水準になると海外工場で作った日本企業の製品は逆輸入できません。巧くすると、国内に工場が戻ってくることに成りますが、下手をすると元気な海外進出企業までも破綻することになります。
 幸いにして、市場は政策的なインフレを相手にしていないようですが、何よりも有言不実行の政府に問題があります。インフレマインドは、消費者が肌身に感じるところに意味があり、政府が大声で叫ぶだけでは危機感を煽るだけです。もっと巧く誘導して欲しいものです。それにしても、インフレ期待の中でゼロ金利政策を併存させると、不動産バブル再来ですけれども・・。

03.01.13
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