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経済の研究No.192
タックス・ヘイブン

 これだけ不調な企業が増えてくると、租税を回避するという議論も出てこないかも知れません。租税(tax)回避地(haven)の話です。バブル時代には、法人税等を軽減するために、ペーパーカンパニーを設立するのが流行でした。バブル崩壊後には、不良債権を飛ばす等の目的で設立が増えました。近頃では、特定目的会社(SPC)なるものを設立するケースが増えています。

■ タックス・ヘイブンとは
 タックス・ヘイブンを導入している国・地域は、約40あると言われています。いずれも小さな国土しか持たず、自国産業が育ちにくいことが環境にあります。その環境において、法人登録による登録料(あるいは免許料)収入に主眼を置き、税法上の特典を課す制度を導入しているのです。数多くの企業を登録あるいは登記させなくては国益に成らないため、様々な特典を用意し保護しています。
 具体的には、1)金融・サービス等の活動から生じる所得に対して、無税あるいは低率の名目課税を課すこと、2)優遇措置の対象が国外企業でありながら、当該企業の本国へ企業活動等に関する情報提供を行わないこと、3)実質的な企業活動を行うことを優遇条件としないこと(ペーパーカンパニーの黙認)、4)税制を含む法整備が不透明(不開示)であること、などがあります。これら特典を悪用することにより、本来は本国で課税されるべき利益を移転したり、ペーパーカンパニーに資産運用を行わせて利益操作を行うなどのメリットがあります。

 法人等の特定所得について無税な国・地域としては、モナコ国・バハマ国・バミューダ国・英領ケイマン諸島などが有名です。租税が極めて低い国・地域としては、リヒテンシュタイン公国・英領チャネル諸島・英領ヴァージン諸島などがあります。国外の源泉所得等を免除する国・地域には、パナマ国・リベリア国・香港などがあります。このほか、保険・銀行・金融子会社など特定業種の法人の税を優遇する国・地域も多々あります(約50の国・地域があります)。
 単に税制面で優遇するばかりでなく、機密保護の徹底化、資金流動性の確保(為替管理等の規制撤廃)、通信等のインフラ整備、政体の安定化などを図っています。また会社設立要件等を緩和し、企業活動の検査等を行わないなどの便宜を図る国・地域もあります。良くも悪くも放任主義的なところが好まれるようです。

■ タックス・ヘイブンの課題
 まず、税負担の公平性の問題があります。利子所得に課税されない点は許されるにしても、法人利益全体に全く課税しない国・地域もあります。この場合は、本国の親会社(子会社)が得た利益を、タックス・ヘイブンの子会社(親会社)に移転するなどの手法により、本国での利益を削減し法人税等を逃れる問題を生じます。こうした不正な利益操作は、各国の税制度を歪めることになり、インフラ等で得る利益に見合う税負担を行わない不公平が罷り通ることになります。
 あるいは個人資産を移転して、所得税や相続税を誤魔化したり、差し押さえを逃れたりするための、資産管理法人を設立するなどの悪用があります。麻薬等で得た不正な資金プールやロンダリングの横行という問題も指摘されています。いずれも情報の機密が保たれることを悪用したものです。すでに50年近い歴史を持つ一方で、制度悪用の手口が複雑化・巧妙化する傾向にあります。

 元々は、市場のインターナショナル化・グローバル化の中で、本国という存在に縛られたくない多国籍企業などのニーズにより登場したものです。先進国では、制度の悪用を含めて厳しく監督するとともに、タックス・ヘイブンである国・地域に対して制度改善を要望しています。OECD加盟諸国では、1998年に有害税制リストを作成して、有害な租税優遇措置を実施している国・地域を公開しました。同時に改善の勧告を行っていますが、応じたのはまだわずかです。
 タックス・ヘイブン制度を廃止することは、その国・地域において致命的な問題です。簡単には応じられない理由がある以上は、先進国の要望とはいえ、厳しい状況にあります。先進国は、タックス・ヘイブンに設立された子会社等に留保された所得を、本国親会社の所得に合算して課税するタックス・ヘイブン課税の導入等で対抗する意向もあります。日本は、昭和51年に導入した移転価格税制(海外関連会社との間で不当な所得移転を行った場合の課税)を活用して、タックス・ヘイブン課税する方法を検討しています。

■ 変わるタックス・ヘイブン
 タックス・ヘイブンに対抗するための税制の導入や強化に加えて、OECD加盟国間などで情報交換を進めて、タックス・ヘイブンへ逃げ込む所得のあぶり出しも検討されています。結果的に、機密保護の前提が崩れることに成りかねず、課税面以外でのメリットが損なわれるリスクもあります。このため、優遇条件や対象の見直しや、一部情報の交換などに応じ始める国・地域も出ているそうです。具体的には、英領ケイマン諸島・キプロス共和国・マルタ共和国などです。
 先進国への迎合は登録法人の流出を招き、国・地域の財政に大きな打撃を与えかねません。その財政的な損失を、何らかの手段で埋め合わせなくては、簡単に制度の変更や廃止に応じられません。タックス・ヘイブンとなっている国や地域の大部分は、島国や公国などであり、観光以外の資源が乏しいエリアばかりです。経済大国である先進国の都合ばかりを優先することは、難しいでしょう。

 また特定業種の法人税等を軽減する国々には、先進国が多く含まれます。金融・サービス業務の場合、法人を誘致することで投資資金の環流等のメリットがあるために、他国に有害であることを知りながらも、廃止に踏みきらない国々が目立ちます。例えば、オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・スイス・ギリシャ・アイルランドがあります。また地域統轄本部や持株会社を優遇する国もあります。前記各国に加えて、フランス・ドイツ・スペインなどが名を連ねます。
 ただし、国内全ての企業に適用するケースと、特定地域(経済特区など)に限定して適用するケースとがあります。日本も沖縄に経済特区を設ける方向で検討が重ねられています。他国に対しては不公正な税制を撤廃することを迫る一方で、自国に対しては有利な税制を設けようとするエゴが目立ちます。エゴを調整し、可能な限り公平で公正な税制を確立して欲しいものです。

■ むすび
 節税か、脱税か、判断の難しいところだと思います。日本の国税当局は、タックス・ヘイブンの活用を脱税と見なしているようですが、法人が賢い節税を図ることは当然の利益追求手段であると思います。また、タックス・ヘイブンの副次的メリットですが、法人設立の容易性や、維持コストの削減、事業の機密性担保などの利点を活かして、今後もSPCの設立や運用も増えるでしょう。
 国税当局には、厳しい行政介入ばかりでなく、タックス・ヘイブンとの上手な付き合いを期待したいと思います。また国内法人に対して、タックス・ヘイブンの良さをPRし活用を推進してもいいと思います。日本国税としては減収ですが、それにより国内企業のグローバル化が進展するのであれば、単純な減税策よりも経済活性化に役立ちます。もちろん活用する法人には、違法な所得隠しや不良債権隠しのためにタックス・ヘイブンを活用するということは止め、タックス・ヘイブンの上手な活用を続けて欲しいと思います。

02.01.13

補足1
 財務省によれば、国際課税のルールは「国際的二重課税の排除」「締約国間の課税権の配分」「税務当局間の国際協力」が三本柱であるそうです。これを国内法では、外国税額控除制度による「国際的二重課税の排除」、外国法人課税・移転価格税制・過小資本税制・タックス・ヘイブン税制による「国家間の課税権の配分」を担保しているそうです。

02.01.13

補足2
 タックス・ヘイブンに設立される免税会社を「オフショア・カンパニー」、この免税会社と行う取引を「オフショア・トレード」などと呼ぶそうです。カンパニーは、一部国を除いて、格安の出資金(1ドル前後)で用が足りるほか、株主の選定についてもあまり制約がありません。この株主を偽って悪用されるケースが目立ちますが、これは今後改善されるべきだと思います。タックス・ヘイブンに存在するカンパニーは、実態が把握できないものの、数十万社あると言われています。

02.01.13

補足3
 沖縄県名護市が、金融業務特別地区(金融特区)に指定される予定です。普天間基地移設とのセット施策で、金融センターの設置を地元振興策と位置づけているようです。まだどのような優遇が用意されるか未定ですが、進出企業に対して課税対象所得の1/3程度を控除し、法人税等を軽減するというものです。実体性を持たせるために、特区内で20人以上を雇用することとしていますが、ハードルが高すぎるという意見もあるようです。調整が進むことに期待します。

02.01.13
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