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政治の研究No.30
怪文書と風説の流布

 怪文書とは出所の怪しい文書を指します。まず匿名であるか、他人の名を騙った者であるか、をするわけですが、その分だけ内容はきわめて無責任な内容が綴られています。怪文書にはいろいろあります。学校でクラス内の特定の生徒を貶めるものであったり、社内でセクハラを暴露するものであったり、果ては国会の中を出回る特定議員の疑惑ネタであったり、その卑劣な手段が使われる割には、周囲の者が好奇心を抱いて広めてしまうために、結構実効が上がることがあります。オーソドックスな怪文書は回覧、郵送ですが。近頃ではFaxや電子メールが使われています。また筆跡を変えたり、雑誌の文字を切り貼りして作っていた怪文書も、ワープロやパソコンの普及によって一層簡単に作成できるように成りました。コピー機の普及も貢献していますね。

 ところで怪文書の目的は何でしょう。事実の如何を問わず、特定の個人や企業を中傷することで、本人のフラストレーションを発散する、というのはあるでしょう。しかし、特定の個人や企業のイメージダウンを図って、何か利益を得ようとするのが多い事例ではないでしょうか。後者の場合は、それだけ悪意が籠もりますし、その内容も有ること無いことを大げさに書くのは間違いないでしょう。
 近頃よく耳にする風説の流布は、後者の場合を説明する言葉です。風説とは「世間で取りざたすこと。また、その噂。あるいは風評」(大辞林)とあります。そして流布とは「世間に広まること、広く行われていること」(同)とあります。まあ要するに「世間に噂を広まらせること」とでも説明されるでしょうか。

 本回で考えたいのは、株式市場における風説の流布です。証券取引法第158条は「相場の変動を目的とする不正行為」を禁じていますが、その中に「相場変動を目的とした風説の流布を禁じる」と規定しています。ただし、くせ者なのは「相場変動を目的として」という点で、投資情報誌は単に情報を提供しただけなので罰せられることはありません。どんなにどぎつい噂を振りまいて企業イメージを引き下げ、株価を引き下げたとしても、相場変動を目的としていなければ、許されるのです。そのおかげでポン太も好き放題に書くことができるというメリットがあります。客観的には風説を流布した前後で自らが株式取引を行って利益を得たかどうかが判断の目安になることになります。過去に立件されたのは、たぶんエイズワクチンの臨床試験に成功したと発表して株価を引き上げた事例ぐらいでしょうか。

 つまり、誰が流布したか、あるいは流布した個人が株式取引で利益を得たか、を立証できなければ良いことになります。つまり風説の流布については野放し状態であることになります。例えば一連の総会屋事件では「○○証券の役員が逮捕されるらしい」という風説で証券会社の株価が上下しました。東食では「会社更正法の適用は確実だ」と言われて1円の株価が9円まで上昇しました。また山一證券では「廃業した際の配当は1株5円だ」と伝わって株価が1円から5円まで切り返しました。近いところでは大倉商事が「大口取引先に逃げられてダメらしい」と宣伝されて株価が100円を割り込みました。一応、根も葉もない噂なのでしょうが、その与えるインパクトの大きさと株価への影響度を測りながら上手な風説を流してきます。
 風説を流された方は、それを否定しなくてはいけません。詳細なデータを提示し、淀みのない説明をしなくては成りません。どの情報を誤って伝えられたか、についてまで説明を求められることがあります。社長会見などを行うもののマスコミも意地悪い質問を繰り返して、意外なスクープを引き出そうとします。結局は会見が何の役にも立たなかったり、むしろ噂を裏付けるような発言で、一層の混迷を招いたりもします。

 しかし風説の流布を本当にするのはマスコミです。某幹部の情報、有力アナリストのコメント、などと体裁は繕いますが、時々に一番適した情報を派手に流すことで、企業イメージや株価に大きな打撃を与えます。このため、官僚が指導に従わない企業への懲罰として情報をリークしたり、政治家が好き勝手な発言をすることもあります。先にマスコミは船幽霊であると紹介しましたが、風説を流布する点では最大最強のパワーを発揮します。したがって風説の流布を目論む人間は、Faxや投書でマスコミに情報を提供すれば、マスコミがそれを面白可笑しく取り上げてくれるので、昔以上に風説を広めやすくなっています。
 本題を政治問題として掲げる理由はここにあります。マスコミは結構無責任です。風説を流された企業がニュースソースを明かすよう求めても突っぱねますし、それが誤報道であっても何日も立ってから小さな記事を掲載するだけであったりします。結局は自力で風説を否定する必要がありますが、新聞や雑誌は必ず自分に都合のいい解釈を付加して解説と称します。山一證券が自主廃業はしないと叫んでいる最中に、新聞に「自主廃業へ」と掲載されたことが記憶に新しいです。ほんの先走り情報が企業にとどめを刺す。結果として報道は正しかったと主張するでしょうが、その認識には大きな誤りがあるように思います。
 マスコミの影響力は大きいのですから、せめて誤報道をしてしまった場合は、新聞・雑誌では社長の顔写真入りの謝罪文を掲載し、テレビではコメントをし、ニュースソースを公開するか、公開できない場合は相応の賠償金を支払うか、するべきです。そうでなくては、安易な読者好みの記事を裏付けなく掲載してしまう今の傾向は続いてしまうことになります。まあ諸悪の根元はウケよう精神が逞しい記者の先走りにあるのですが・・・いずれは解決する問題なのでしょうか。

98.08.15

補足1
 株式市場で流れる風説のほとんどは、株価を下げようとする噂なので、信用取引の空売りを制限しようという議論があります。しかし大株主が一種のインサイダーを現物株で行うこともあり、一概には言えません。それよりも企業側が積極的にディスクローズすることが必要です。最近では国際会計基準の導入、有価証券評価基準の時価制への改め、4半期決算の発表など努力をしている企業は増え始めていますが、未だにシャンシャン総会をしている企業は全然努力が足りません。ですから風説の流布で困らされるのは自業自得でもあります。

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