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経済の研究No.190
ネットビジネスの限界線

 IT革命が破れて、数多くのネットベンチャーが存立の危機に陥っています。本場の米国でも、老舗と呼ばれた「ドットコム企業」が次々に破綻・撤退しています。その株価も著しく低迷し、株式市場全体に負の循環を強いているようです。しかし米国では、比較的長く「ITの春」が訪れたために、長い間好景気を維持しました。政府も財政赤字を解消し、未だ金融政策にも余裕を残しています。対する日本は、ボロボロですが・・。

■ 消えるネットビジネス
 インターネットの普及が、世界規模で産業構造を変えたことは事実です。いわゆる「IT革命」が失敗に終わったとしても、ネットビジネスは新しいビジネスモデルとして定着しました。ただし、一頃に騒いだように、リアルビジネスに取って代わるほどの力はなく、リアルビジネスを補完するものとして意義があるようです。
 米国で始まった「IT革命」は、その意味で大きな誤認がありました。「ある日突然に、新しいビジネスモデルが成功し、巨額の利益を稼ぐ」という、「ニュー・アメリカン・ドリーム」は、やはり幻想だったのです。その将来利益を織り込んだ企業価値が否定された以上、その時価総額が縮小するのは仕方ありません。虚像ばかり拡大させた「ドットコム企業」が撤退するのは、やむを得ません。IT銘柄の低迷は、当然の帰結ということになります。

 そもそも設備投資が少なくて済むという、ビジネスモデルは誤りでした。ビジネスにインフラは欠かせないものです。ただし、情報のみを扱うビジネスモデルだけは、このビジネスモデルの正しさを証明し、今でも躍進しています。情報を提供するビジネスでも、必要以上に裾野を拡げすぎたビジネスは失敗し、有利な情報に特化して地道な積み上げをしたビジネスは成功しつつあります。ネットビジネスでも「総合」には限界があることが、明確になりました。
 月刊誌「WEDGE」の9月号によれば、米国の「ドットコム企業」の事業撤退ペースは、旧ピッチであるとのことです。他に信用のおける数字が無いので引用すると、今年6月に撤退したのは53社。過去18カ月では550社を越えるそうです。中には、随分と大物もあります。日本では、あまり事業規模の拡大に成功した企業は多くありませんが、米国以上のピッチでネットビジネスの撤退は進んでいると見るべきでしょう。

■ 苦戦の通販ビジネス
 中でも、通販ビジネスへの打撃が大きいようです。通販のメリットは、無店舗販売にあります。店舗投資が不要であり広告収入も期待できる理想のビジネスモデルと言われましたが、現実にはネットを使わない通販でも不振が続いています。理由の一つには、ヒット商品の不足があります。実店舗で入手できる商品を、通販で購入させるには、強い動機が必要です。「安い」「早い」「便利」という要素ですが、実際にはいずれも実現できていません。
 確かに「安い」ものもありますが、これは企業側から見れば儲からない商品です。一種の客寄せですから、こればかり売れても仕方がありません。消費者は賢いですから、実店舗で入手可能な商品や不要不急の高額商品には、手を出しません。情報として楽しみはしますが、なかなか販売には結びつかない訳です。また、市場のパイが小さい間から、小粒の企業が参入しすぎました。ネットビジネスへの過信ということに成りますが、お互いにつぶし合いを演じたことは否めません。

 加えて在庫の問題もあります。一頃騒がれたネットスーパーは、相次いで事業撤退や縮小に追い込まれています。鮮度と速度を要求される一方で、価格抑制を求められたネットスーパーは、消費者に相手にされませんでした。過大な設備投資をし、過剰な在庫を抱えた結果として、ビジネスとして成功を見ていません。まだ工夫の余地があるとは思いますが、まず市場のパイを拡げる努力が必要なのでしょう。
 比較的利益率が高い分野では、成功しています。いつかのコラムでも書きましたが、書籍やDVDのジャンルではネットビジネスも利益を生んでいます。むしろ実店舗の方が圧迫を受けつつあります。複数のジャンルに手を伸ばすと失敗しますが、特化することで、ニッチとして生き残ることができそうです。しかし、あくまで情報とセットにして、多くのユーザー支持を受ける努力は必要で、待ちの経営は許されません。かといって、電子広告の限界も見えています。

■ 公共のインフラ整備が必要
 ネットビジネスも立派なビジネスチャネルです。ある程度の規模が出てくれば、立派に商売として成り立つはずです。その成長期において、過度の負担を生じなければ、地道な成長を遂げることができるはずです。そうなればリアルビジネスのシェアを喰い、本来の優位性を発揮できるはずなのです。
 これはリアルビジネスのベンチャー育成にも言えることですが、政府が積極的にインフラを整備し、ビジネスモデルの実現の後押しをすることが重要であります。同じことは、第181回オーバーストアな時代」他で繰り返し書きました。資金調達・企業経営などはアウトソーシングし、淡々とビジネスモデルの追求に専念できる環境を整備することが重要だと考えています。単に補助金だとか、規制緩和や経営支援という念仏だけでは、ベンチャーは育ちません。

 最大のものが、物流だと考えています。物流は、本来のネットビジネスとは無縁のリアルビジネスそのものです。ここが一番に資金とマンパワーを喰い、本来のビジネスモデルを歪める原因に成っています。ここを政府が後押しするだけで、成功の度合いがグッと違ってきます。消費者から見て、ワンストップ・ショッピングは理想ですが、なかなか簡単ではありません。いくつものショップを回り、その都度に会計(精算)をして、商品送付を受けるのは面倒です。加えて、企業側が負担するにしても、宅配コストや送金コストは無視できません。
 どこで何を買ったとしても、会計は一括、商品送付も一括というのが理想だと思います。一つの買い物かごで、いくつものサイトを巡ってしまえれば、ネットビジネスの利便性は高まります。そのインフラ整備を公共とすることで、安全性は増し、効率も増し、消費拡大にも貢献してくれるでしょう。結果的に、経済構造の変革にもなります。
 物流はトラック・船舶・貨物列車などで行われます。それを効率的にするために、道路を整備し、港湾を整備し、鉄道を整備したはずです。ネットインフラも公共事業として整備しても良いのではないでしょうか? また将来いずこかの企業が優位に立って、インフラを独占する事態が来るかも知れません。それを未然に防ぐ意味でも政府が主体となってネットインフラを整備して欲しいです。

■ むすび
 何はともあれ、ネットインフラの整備が遅れています。それがボトルネックとなって、ネットビジネスの成長に限界線を生んでいます。我が国は「ITの春」が短すぎました。しかも果実の多くは、特定の個人や外国人に吸い上げられてしまった格好です。政府の「IT構想」のかけ声も虚しく、むしろ日本経済のお荷物と化しつつあります。限りある公共投資を、ネットインフラへの投資に振り向けることを望みます。
 土建事業による経済成長にも限界が見えました。これを変革することは容易で無いので、とりあえずネットインフラで繋いで、ネットビジネスの成長へ期待しても良いのではないでしょうか? 政府も国民もネットバブルに踊ったことは反省しました。地道なネットビジネスの成長に期待する時期に、もう来ていると思います。

01.08.26

補足1
 ネットビジネスの拡大で、一番に利益を得ているのが、運送業でしょう。通常の企業需要(BtoB)が縮小する一方で、個人需要(BtoC)の成長に潤っています。しかし、運送業の産業構造は十分に転換されておらず、旧態然のビジネスモデルにあぐらを掻いている印象を受けます。利益が出ているから良いというのでなく、より利益を拡大する努力を行うことと、自らネットビジネスの後押しをするべきだと思います。
 たしかに物流サービスの肩代わりを受けるなども始めていますが、どちらかと言えば利益のピンハネという印象です。ネットビジネスの大部分は、製造部分を持たないわけですから、サービスのみでどれだけ利益を得るかに掛かっています。善意のスポンサーとして経営支援を行うなど、共存共栄のスタンスに切り換える必要があると考えます。最終的には、株式公開などでキャピタルゲインを得て回収すればよく、株式公開に達するまで、またそれ以降も支援を続けて損はないはずです。
 加えて、BtoC拡大にも関わらず、BtoB時代と同様の法人重視という姿勢が捨て切れていません。横柄な配達員の態度、無機的な接客姿勢、不誠実なサービス等々、自助努力が必要な点が多いと思います。

 郵政事業庁の抵抗はありますが、郵便事業の民営化は既定の路線です。このままでは共倒れするリスクもあります。消費者に見捨てられる前に、消費者重視のサービス充実を行い、ハードウェアでなくソフトウェアの拡充を図って欲しいです。そういう意味でもネットビジネスとの共存共栄スタンスは、生きてくると思うのですが・・。

01.08.26

補足2
#Nに撤退した主要なネット通販の関連企業は、ビーンズドットコム(米国系、特典ポイント運営、5月)、シーディーエヌジェイ(ドイツ系、CD通販、8月)、ディールタイムドットコム(米国系、ネット通販の価格比較、8月)、BOLジャパン(ドイツ系、書籍通販、10月)、イーコンビニエンス(ユニー=ソフトバンク共同出資、食品・日用品宅配、11月)であるそうです(日本経済新聞2001/11/17朝刊)。
 また日本最大の仮想アーケード「楽天市場」では、5,000近い出店があるものの平均月商は80万円程度と低迷しているそうです。市場のパイは確実に拡がっているようですが、差別化の図れない店舗が多く、初期投資が回収できないなどの課題を解消できない企業が多いと見られます。ネットスーパーでは、実店舗と連携している西友でまずまずの実績があるそうです(同上)。

01.12.29
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