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経済の研究No.195
ワークシェアは切り札か?

 経済紙や経済誌では、ワークシェアリングの話題が増えています。雇用対策への万能薬であるかのような触れ込みですが、実効性はあるのでしょうか。ワークシェアリングの本来の意味は、「分業」のこと。仕事を分かち合うという意味もありますが、ただ分け合うというのでは雇用対策になると思えません。

■ ヨーロッパの先例
 ワークシェアリングは、ヨーロッパで導入されたのが最初であるそうです。第二次世界大戦後の大不況期に、失業者を圧縮し、細く長く食いつなぐために、分業し合うことを目標としたと聞いています。当初は一時帰休が多く、度々長期休暇を出されるケースが多かったそうです。その後、フルタイム社員がパートタイム社員にシフトし、時間給制を採用するなどであったそうです。
 実のところ、そのルーツは不明なところが多く、紹介している記事によって書きぶりが異なっています。おそらく最初は散発的に導入されたものでしょう。とくに製造業においては、支払賃金が一定であれば資本家にも不満がないため、二交代制でも無理なく、雇用の自由度が増したと歓迎したそうです。とはいえ、労務管理など面倒な話もあって、導入にあたっては法律を制定し、罰則規定まで設けたそうです。

 ヨーロッパでは労働組合(ユニオン)の力が強く、同業種の労働者間では労働量を均等にし、賃金も均等に配分し易かった面もあります。時間短縮分よりも賃金圧縮分を緩和するようユニオンが働きかけたほか、政府援助による賃金補助なども行われたようです。
 一方で、ジョブシェアリングという制度も導入されているようです。フルタイム社員1人分の仕事を、特定のパートタイム社員2人で分け合い、その職務の成果に共同で責任を負う制度であるそうです。ジョブシェアリングであれば、不特定多数の社員で分け合うよりも責任の所在が明確であり、デスクやパソコンなどの備品を共有しやすくなる利点があります。

■ 日本への導入可能性
 日本でも、一時帰休、時間短縮の導入実績があります。現在でも、大型連休を連発し、工場稼働率を維持しつつ総時間短縮する方策も採られています。フルタイム社員をパートタイム社員に置き換えたり、さらに派遣社員を導入するのも、一種のワークシェアと呼べるでしょう。
 現状でのワークシェアは、企業努力の範囲です。積極的に政府が関与する場合は、財政出動が必須になると思われます。

 ワークシェア可能な業種の減少が、大きな課題です。製造業については、生産ラインの大部分が機械化されたり、海外シフトしたりしています。単純作業の割合が減少している分だけ、ワークシェアの余地が少ないと考えられます。サービス業については、導入可能な業種もあるものの、不況によりパイが小さくなっています。ワークシェア導入による新規雇用の捻出は難しいのではないでしょうか。
 これに加えて、日本の労働の特殊性があります。現在のところ、いわゆる総合職・一般事務職と呼ばれる業種では、サービス残業が罷り通っています(第111回サービス残業考」を参照)。サービス残業とは、つまり正規の残業手当が支払われない残業のことですから、こうした職場においてワークシェアを導入することは難しいです。フルタイム社員であるからこそサービス残業にも応じるわけで、ワークシェアを導入すればサービス残業は減り、企業には新たな賃金負担が増すだけです(サービス残業の業務量も含めて、労賃を再計算する賃下げが認めらない前提です)。
 また、日本の現状においては、そこまで追い込まれていないということがあります。パートタイム社員は当然のこと、フルタイム社員を公募している業種も沢山あります。つまり、いわゆる「雇用のミスマッチ」が生じているわけであり、労働条件の悪化を呑むか、最低限のスキルを身につけるかすれば、相当数の雇用は満たせると言われます。ワークシェアよりも先に、雇用のミスマッチを吸収する方が、重要です。

■ 新たな雇用創出
 雇用の捻出よりも重要なことは、新規雇用の創出です。米国のニューディール政策に先例があるように、政策的に新規事業を起こすことで、新たな雇用を生み出すことができます。しかし日本では、バブルの破綻以降ずっとニューディール政策擬きを行ってきました。それが本来早期に訪れたであろう雇用不安を先送りし、今日のゼネコン破綻に繋がっているため、土建事業以外で雇用を生み出す必要があります。
 政府が新規雇用を拡大するにしても、新たな財政出動を伴うものは、財政危機を誘導してしまいます。公益事業の一部民営化、参入規制事業の規制撤廃が有効だとされますが、未知数です。セーフガードなど失策が目立つ中、現状でフォローできる政策は無いようです。

 IT事業へのシフトも打ち出してきました。世界各国が同じことを考えている以上、各国を凌ぐ画期的な何かを打ち出すことが欠かせません。ハードウェア依存からソフトウェア依存にシフトすれば、日本の優位性は生まれてきますが、そこへ誘導できる人材が多くありません。補助金のバラマキだけでは、新たな雇用は生まれません。
 また養護・介護事業は、新たな市場として注目されています。比較的潤沢な資金を持つ高齢者を対象に、施設の設立等がラッシュを迎えています。ところが、その内実は補助金や高齢者の懐を当て込んだバブル的なものが多く、地道に養護・介護に乗り出すのは少数派に留まっています。数年前にも同様の事件がありましたが、利権を当て込んだ山師が多く介在する限り、健全なビジネスへ成長する可能性は薄いです。
 NPOやNGOと呼ばれる非営利組織においても、一定の雇用が担保されます。残念ながら、山師が混在するケースも目立ちますが、組織運営の透明性が担保されてくれば、大きく成長する可能性があります。NPOやNGOの活動を活かして、ベンチャー企業が次々立ち上がってくれば良いと思いますが・・長い時間が必要です。

 起業は慎重にかつ合理的に行われるべきであり、拙速は避ける必要があります。そうであれば、ワークシェアの中で生まれる余裕時間を利用して、副業としての起業を試みるのも良いかも知れません。本業によるリミットが掛かることもあり、自ずと拙速は避け具体性を持たせることにも期待できます。一応の収入があれば、アイデアを起業に繋げる情熱を持続させるため、政策的な支援が受けられればと考えます。

■ むすび
 日本の現状は、まだワークシェアの政策的導入にまで追い込まれていないと書きました。雇用のミスマッチでもあるとも書きましたが、実際のところは日本経済の停滞が原因です。「カネが詰まっている」という表現が適当かと思います。動脈に血液を送る役割を担う銀行が、不良債権に喘いでいます。また国民全体が、投資や消費に回す資金を抑えています。経済の先行きが見えないことが、血液としての資金の循環を妨げています。
 こうした現状において単純にワークシェアを導入しても、余資が投資や消費に回らず、依然としてカネは詰まったままです。必要な政策として、経済の先行きを明瞭にすること(深い不況であっても、出口が見せる)、安心して投資や消費を行える環境を整備すること(不公平や不公正を正す)、強制的にでも国内における資金循環を潤滑に運ぶ努力をすること(不良債権処理を前倒し処理し、これ以上肥大させない)等の対応が求められます。

 ワークシェア導入は、確かに有効な政策の一つでありますが、不況対策としては緊急避難策に過ぎません。これを切り札と考えていると、またも失策を重ねることになります。早くに不況の出口が見えてくることを望みます。

02.04.13

補足1
 単なる思いつきですが、とりあえず終電を無くして、鉄道の24時間運転を実現してはいかがでしょう。夜型人間に合った雇用が捻出され、受給のバランスが実現できれば、昼夜のワークシェアと、新規雇用の拡大に貢献すると考えています。一度、真剣に議論してみてはいかがでしょうか。
 政治の研究第158回終電を無くそう!(前編)」、政治の研究第159回終電を無くそう!(後編)」をご参照下さい。

02.04.13

補足2
 読者の方から、「裁量労働制にも言及すべき」とコメントを頂きました。裁量労働制とは、「自律的で自由度の高いフレキシブルな働き方」であるそうです(AERA2002/04/22号)。フレックス制のように自由な労働スタイルが維持できるのではなく、結局は本文にもあるサービス残業を助長あるいは強制するものであるのだとか。

02.04.15

補足3
 日本経済新聞社の調査は、上場・非上場の主要301社を対象にワークシェアリングの意識調査を実施したそうです(回答は253社)。その結果は、ワークシェアリングを「導入するつもりがない」が77%を占め、「相対として人件費抑制に繋がるなら賛成、繋がらないなら反対」が37%だったそうです。逆に、労働組合はワークシェアリングの導入が賃金削減策の一環という受け止め方をしているため、労使間に歩み寄りがない限り導入は難しそうです。

 一方で、使用者が時間外労働の割増賃金を払わない残業(サービス残業)について、その割増賃金を支払うよう全国各地の労働基準監督署が是正措置した件数は、2001年16,059件の過去最大であったそうです。このうち是正に応じなかった悪質な会社は13件だったそうですが、是正件数が多いことが悪質なサービス残業の常態化を許している現状を示しています。
 また2001年4月〜2002年9月の18か月間で、1社あたり未払い割増賃金が100万円を超えた610社で総額81億円にも達したそうです。これには従業員の自己申告規制をした分が加味されていないため、現実はもっと多額に上ると見られます。サービス残業を是正しない限り、ワークシェアリング導入を真剣に検討する経営者は増えそうにありません。

03.01.03
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